第149話 勉強会⑧
根掘り葉掘り聞き出そうとする母親を追い出すのに悪戦苦闘した詞幸だったが、「上ノ宮さんからお菓子をいただいたんだよ。お出ししないのは失礼じゃない?」と礼節を失した部分を攻撃すると、御言へのお礼を言って慌てた様子でようやく出ていった。
あくまでも一時しのぎだが、心の平穏は得られる。
「はああぁぁぁぁぁ…………」
短時間の戦いではあったが、疲れがどっと押し寄せてきた。その場にへたり込んでしまったほどである。
「お茶目なお母様ですね」
「そうかな……?」
何事もなかったかのように笑う御言にはおそらく労わりの気持ちがあったのだろうが、肉親から人権侵害とすら言える非道を受けたあとでは素直な意味に受け取ることができなかった。
「あ、しまった」
なにかに気づいたように声を上げたのは詩乃だ。
「『息子さんのセフレです』って自己紹介した方が絶対盛り上がったわ」
「盛り上がりとか求めてないから。シャレにならないからマジでやめて」
「じょ、冗談だってばぁ~。ガチのトーンで怒んないでよぉ~」
このあとも母親の襲撃が待っているのだ。その心労から余裕のなくなっている詞幸の目は据わっていた。
すかさず、御言が執り成すように話を振る。
「それにしても、詞幸くんがわたくしたちのことをご家庭で話していなかったなんて……。なんだかショックです。わたくしたちの存在はご家族に話せないような恥ずかしいものだったのですね……」
肩を落としてみせたのは当然演技だ。
「うっ……そんなことないけど……。だって恥ずかしくない? 俺以外女子しかいない部活に入ったって言うの」
「いまさら恥ずかしがることではないだろう。ついでに、女の尻を追いかけて入ったんだと言ってやればいいじゃないか。親は泣くと思うが」
「言わないよ!」
「でも事実ではないですか? 愛音ちゃんのために入部したのですから」
「いや、あれは上ノ宮さんが俺を罠に嵌めて――――――ん?」
詞幸は首を捻る。
先の織歌の言葉もいまの御言の言葉も、どちらも詞幸の心の内を知っているかのような口ぶりだったためだ。
「あれ? 二人も知ってたんだっけ? その………………俺が愛音さんを好きだってこと」
「ああ」「はい」
「ええっ!?」
事もなげに言われ困惑してしまう。
このことを知っているのは季詠と詩乃だけだという認識だった詞幸は、真っ先に情報の漏洩を疑った。
(――縫谷さんか!)
当然のように詩乃に非難の眼差しを送る。季詠が犯人の可能性など考慮もせずに排除した。
そんな詞幸の思考を読んでか、詩乃は下唇を押し上げてムッとする。
「ウチを疑うなんてサイテー。言い触らしたりなんてしてないし」
「はい、詩乃ちゃんから聞いたわけではありませんよ? わたくしが貴方の普段の言動からそう読み取っただけです」
「右に同じ。あそこまで露骨だと小学生でも気づくだろう」
「……………………………………ぐう、んう…………」
変な呻き声が漏れた。
自分の恋心が周囲にバレたことは初めてではないが、この感覚は慣れることができない。
恥ずかしいものは恥ずかしい。
(待てよ? そんなにあからさまだったなら、もしかして愛音さんにも――――?)
「安心しろ。あいつの感性は小学生以下だ。まだお前の気持ちには気づいていない」
蒼褪めた彼に、そっけない態度だが織歌はそう言った。御言と詩乃を見やると二人も頷きを返したのでひとまず安堵する。
「そうだっ。詞幸のお母さんがおやつ用意してるのこれから手伝ってくるわ。そんでさ、ウチらの関係を詮索しないように説明してくる」
唐突に立ち上がった詩乃に皆が首を傾げた。
「説明するって……どうやって? あの感じじゃあ大人しく引き下がるとも思えないけど」
この問いへの回答は、ウインクと共になされた。
「そんなの簡単っ、ウチらみたいに詞幸の気持ちを知れば勘違いしないじゃん! 『お宅の息子さんは小学生くらいの女の子に夢中です』って話せば引き下がるっしょ!」
「引き下がるっていうかドン引きでしょそれ! 小学生くらいの“身長”ね! そんなこと言ったら俺がロリコンだってことになっちゃうよ!」
「おっけぇおっけぇ、身長ね。んじゃぁ、ちょっくら説明してくるから」
「まったくもう…………」
軽い足取りで出ていった詩乃を見送り、閉じられたドアに向かって嘆息する。
「――――――ってどっちにしろ言わないでよ!?」
慌てて後を追う詞幸であった。