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第147話 勉強会⑥

「そういえば今日は古謝さん、眼鏡なんだねえ」

 お盆に飲み物のおかわりを運んできた詞幸(ふみゆき)が口を開いた。

 織歌(おるか)は眼鏡のブリッジを押し上げながら応じる。

「いまさらだな」

「ははっ……いきなりのエロ本探しでそれどころじゃなかったから……」

 彼は恨みがましく御言を見やったが、彼女はにこりと笑うのみで意に介した風はない。

「初めて見たから新鮮な感じがするよ」

 織歌がかけている眼鏡は飾り気のない黒色のアンダーリム。機能性だけを追求したかのようなそのフォルムは織歌にとてもよく似合っている。

「さらに知的に見えるね」

「ぷぷっ、見た目だけはねぇ~。中身はウチらの中で1番のお馬鹿ちゃんだけどぉ~」

 『だけ』を殊更に強調し、心底馬鹿にした表情で詩乃(しの)が言葉のナイフを振るった。

「見た目はインテリ中身はお馬鹿! もういっそ、ずっとかけてればいいのにぃ」

 本来ならば激昂して反論する場面。しかし、

「まぁ、コンタクトよりもこっちの方がわたしも楽なんだがな……」

 その言葉は弱々しく、尻すぼみになって消えていった。

 これには理由があり、織歌は彼氏の好みに合わせるために脱眼鏡を実行したのだが、その彼氏とは現在冷戦中なのである。

 発端は、夏休みだというのに彼氏が部活三昧で全然かまってくれない、という可愛らしものだが、当人のダメージは深刻らしい。

 そのことを知っている詩乃は、思いがけず地雷を踏んでしまったことに気づき、「ヤバッ」と顔を歪めた。

 彼女が取り繕おうと話の接ぎ穂を探しているところで、タイミング悪くスマホが鳴った。

 織歌のスマホだ。着信音が鳴り続いている。どうやら電話のようだ。

「なんだこんなときにっ」

 彼氏への不満をスマホにぶつけるように引っ掴む。

 悪態をつきながらディスプレイに視線を落とす彼女の口の端は忌々し気に曲がっていたのだが、すぐにその表情が変わった。

 驚き、迷い、怒り、喜び、とコロコロ変化し、最終的には口を真一文字に引き結んだ無表情になって一言、

「席を外す」

 とだけ言って廊下に出ていってしまった。

「なんだろう。家族から急用かな」

「いや、あれは彼氏っしょ」

「ですね」

 詞幸の独り言は間髪入れず否定された。

「よくわかるね――ってなにしてるの?」

 詩乃と御言(みこと)はドアに隙間を開け、そこから顔を出すような姿勢になっていた。

「静かにしてください。話が聞こえないではないですか」

「…………まさか盗み聞き?」

「は? 当り前じゃん」

 即答だった。

 しかも盗み聞きをしていない詞幸の方が非常識であるかのような口ぶりである。

「彼氏相手だとどんな風に話すのかきになるっしょ? てか、アンタも早くこっち来なさい!」

「なんで俺まで……」

 そう言いながらも、好奇心がないわけではなく、彼も共犯者となることにした。

 縦に連なりドアの隙間から顔を覗かせる。

 姿は見えないが、廊下を曲がった先、階段の手前あたりから話し声が聞こえてきた。

「――ううん、もう怒ってないよ。会えなくて寂しかっただけ。――うん、わたしもごめんね? ――えっ、週末は遊べるの? やったぁ! わたし海行きたい! ――うん、水着も買ったんだ。えへへ、見せびらかしたくて。――うん、またね。――わたしも愛してるよ、こうちゃん」

 それはじゃれるように甘ったるく響く。

 聞きなれない、知らない誰かの声だった。

「「「……………………」」」

 脳みそが揺さぶられるほどの、まさに金槌で殴られたような衝撃に、誰一人として言葉を発することができなかった。

 その後、晴れやかな顔で戻ってきた織歌を交えて勉強が再開されたのだが、

(ほう、さきほどまでとは打って変わって随分と真剣に取り組んでいるな。わたしも真面目に取り組まなくてはな)

 詞幸たちはなにかから目を逸らすように真面目に取り組んだという。

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