第144話 勉強会③
「普通ならもっと慌てるはずだからな。だがお前は口ではやめろと言いつつ、わたしたちの行動を容認しているかのようだった。その時点で怪しいと感じてはいたが、いまの反応で確信した」
織歌は詞幸の杜撰さを指摘する。
「大方ほかの部屋に隠してるんだろう。他人が手出しできないような場所――例えば親の部屋とかな」
嘆息交じりの言葉に詞幸はギクリと反応してしまい、彼女はさらに深くため息をついた。
「哀れに思えるほど隠し事が下手だな」
「でもどうする? このままじゃ詞幸の恥ずかしい秘密を暴けないじゃん。それじゃなんのためにここまで来たのかわかんなくない?」
なに食わぬ顔で言ってのける詩乃に詞幸は力なく反駁する。
「いや、勉強のためでしょ……」
「勉強とか(笑) ウケる~」
「どこにウケる要素があった!?」
「確かに、詩乃ちゃんの言うことももっともです。人を辱めて悦びを感じたいという情動は全人類に共通する根源的なものですから」
「そんな醜い進化の道は辿ってないよ!」 咳払いを挟んで詞幸は続けた。「ご想像のとおり俺は見られたくない物をほかの部屋に移動させたよ? それは認める。でもこの部屋はまだしも、ほかの部屋まで家探しするのは許さないよ」
「わかっています。ですからここは、詞幸くん自身に持ってきてもらいましょう」
御言は胸の前で手を合わせて首を傾けるというお決まりのポーズでお願いしてみせた。
「はい?」
意味がわからず、詞幸も彼女と同じように首を傾げる。
(なにを言ってるんだろう。俺自身に持ってこさせるなんて……そんな自分で自分の首を絞めるような真似するわけないのに…………)
どんなに駄々を捏ねられてもそれだけは譲れない。首を横に振り続けるだけで終わりだ。
「もしご用意いただけないのでしたら――これ」
御言はスマホを手に取り、訝しむ詞幸の目の高さに掲げてみせた。
だがそれは御言のものではない。詞幸のだ。
「いつの間に!?」
それは勉強机に置きっぱなしにしていた――と、そこではたと気づく。机の引き出しを物色していたのは御言だった。そのときに盗ったのだろう。
「これを――えいっ」
邪気など微塵も感じさせない溌溂さで、楽しそうに画面に素早く指を走らせた。
すると、あろうことかパターンロックが解除されてしまったのだ。
「嘘!? なんで!?」
これには驚くしかない。彼女は魔法でも使ったというのか。
しかし御言は詞幸の驚くさまを見てこれまた楽しそうに種明かしをした。
「うふふふっ、不用心ですよ詞幸くん。部室であんなにも堂々とロックを解除していては誰でもパターンを覚えてしまいます」
「っ……!?」
詞幸は言葉を発せない。自身の油断しきった行動をいくつも思い出し、絶句しているのだ。
「最近ではエッチな雑誌やDVDの売り上げが落ちていると聞きます。なんでもパソコンやスマートフォンでネット上のものをご覧になる方々が増えているからだとか」
ニヤリという表現がこれほど合う笑みはないだろう。
「はてさて、このスマートフォンにはどのようなデータが保存されているのでしょうね?」
「――返して!」
それを許すわけにはいかない。これには男としての矜持と尊厳がかかっているのだ。
「だめでーすっ」
御言はスマホを胸に抱くように体を丸めてしまった。
詞幸は隙間から奪い返そうと必死に手を伸ばす。しかし、
「きゃーっ、襲われてしまいますーっ。貞操の危機ですーっ」
「なっ――!?」
わざとらしい悲鳴でも、そんなことを言われてしまっては手を引っ込めるしかない。
どうしたものかと詞幸が手を拱いていると、御言は諭すように言った。
「これは慈悲なのですよ? 貴方がほかの部屋に隠しているお宝とこの中に入っているデータ――画像や動画や検索履歴――それらのどちらを差し出すのか選ばせてあげるのですから」
身代金を要求する誘拐犯がこんなことを言い出したら被害者は怒り狂うだろう。
「どちらが大事なのか考えてみてください。おそらく詞幸くんが隠しているお宝は趣味嗜好を反映した品物とは言えないでしょう。なぜなら未成年が入手できるものは、手段的にも金銭的にも限られているからです。己の趣味に合わない物でも妥協して観賞することもあると思います。ですが、ネットの海から拾い上げたもの、探した痕跡は詞幸くんの純度100%のリビドーが詰まっているのです。貴方にとって致命的なのはどちらでしょうか」
彼女がそう説くと、詞幸はなにも言わず静かに部屋から出ていった。
やがて彼は段ボール箱を抱えて戻り、それを御言の前に置くと膝をついて恭しく頭を垂れた。
「こちらを献上いたします。なのでどうか、どうかスマホだけはご容赦を――ッ!!」
この流れには織歌も詩乃も「わたしも片棒を担いだとはいえ心が痛むな……」「みーさんはやり方がエグいわ……」と詞幸に同情的だった。