第143話 勉強会②
ブツの捜索はくまなく行われた。
引き出しやクローゼットの中、この手の物の隠し場所としては定番のベッドの下、と3人がかりで物色している。
静観の構えを見せていた織歌も御言と詩乃に促され、見つかるまで勉強が始まりそうにない、と観念して捜索に加わったのだ。
「もうやめてよお……」
詞幸は弱々しい声で抗議するが、御言と詩乃の目は炯々として聞く耳を持たない。
事態が動いたのは詩乃が箪笥の中を探し始めてすぐだった。
「あっ! やっと見つけたぁ!」
「うふふふっ、やりましたね詩乃ちゃん。それにしても、まさか女の子が手を出しづらい下着の下に隠しておくとは。考えましたね」
「ふふんっ。ウチみたいに恥ずかしさに耐性があればどうってことないけどねぇ」
「それは《恥じらいを捨てている》と言うんだ、馬鹿者め」
それぞれが言い合いながらも押収したブツに注目する。
詩乃が発見したのは新書判と呼ばれる、週刊雑誌の掲載漫画に多い大きさのコミックスだった。
中身は全年齢対象のラブコメで、いわゆるサービスシーンとしてヒロインたちの裸が多く出てくる、乳首描写アリの漫画である。
ペラペラとページをめくる彼女らは興味深そうに「ふ~ん」とか「へぇ」とか漏らしていた。
「ねえ、もう満足したでしょっ? 早く勉強を始めようよっ」
詞幸は居心地の悪さに身を捩った。
「「「…………」」」
しかし彼女らはそれを無視してなおも紙面に目を落としている。
これには詞幸はガックリ肩を落とす――演技をした。
なにも問題はない。実は詞幸はこうなることを予測していたのだ。
この家で勉強会を開くことになった経緯は単純で、家に家族がいるのに男を部屋に呼びたくない、いなかったら余計に呼びたくない、という女性陣からの主張に伴う消去法によるものだ。
まだ彼女らとの付き合いは2か月足らずとはいえ、散々遊ばれてきた詞幸である。女子部員を家に招くにあたり、その危険性をシミュレートしていた。
そう、こうなるのも想定の内だったのだ。
そして、もしブツを探そうとなればなにか見つけるまで彼女らは満足しないだろう。そこまで考え、詞幸は適度に難しい場所にブツの一部を隠しておいてのである。
(流石にここまで躊躇なく下着を漁るとは思ってなかったけどね……)
しかしこれで一件落着。彼女らも満足するだろう。
多少の恥ずかしさはあるが、それは必要な犠牲として目を瞑ればいい。
ちなみにこれよりも危ないブツは、両親が出かけてすぐに父親の寝室のベッド下に一時退避させている。いくらなんでも家人の部屋までは荒らすまい。
あとは彼女らが帰ったあと、両親が帰ってくる前にブツを回収すればいいだけである。
(問題は父さん秘蔵の洋モノコレクションを見つけてしまったことだけど……それは後日ゆっくり観賞しよう)
ベッド下に隠すという安直さには息子として情けないものがあるが。
なにはともあれ、詞幸は慣れない演技で緊張していた肩から力を抜いた。
「これでは足りませんねぇ……」
しかし、御言の落胆したような呟きに再び緊張が走る。
「これは男子高校生の溢れる欲望を満たすに足る代物とは言えません」
「確かに……これで満足すんのは小学生までっしょ」
「月見里……お前まだほかになにか隠してるだろ?」
「ま、まっさかぁ…………」
目を泳がせる彼の言葉を信じる者などいるわけもなく。
詞幸が必死で編み出した策略は、ものの見事に見破られてしまった。
彼の受難は続く――。