第142話 勉強会①
ピンポーン――。
「はーい」
午後、その呼び鈴に応じた詞幸の表情は、緊張のためかやや強張っていた。
『こんにちは』
「いま開けるね。ちょっと待ってて」
インターホン越しに3人の姿を確認し、玄関を開ける。
熱く湿った空気とともにドアの内側に入ってきた眩しさに彼は目を細めた。
「今日も暑いですね」「よっすよっす~」「数日ぶりだな」
そこにいたのは御言、詩乃、織歌の3人だ。
「いらっしゃい。さ、どうぞどうぞ」
招き入れると御言が腕を少し上げ、提げている紙袋を示した。
「ご両親はご在宅ですか? 今日はご迷惑をおかけしますので、まずご挨拶をしたいのですが」
「えっ、いいよそんな気を遣わなくて。迷惑かけてるのはこっちだし」
今日は言うなれば《平均点以下の集い》だ。
1学期の期末テストで成績が芳しくなかった者たちが集まり、学年トップの成績を誇る御言に教えを請おうというのである。
夏休み前に詞幸から『上ノ宮さんに教えてもらいたい』と頼んだ経緯を考えれば、御言が迷惑をかけている側面などあろうはずもない。
「ですが人様のお宅でうるさくしてしまうかもしれませんのに……」
「ああ、そういうことなら気にしないで。今日は父さんは仕事だし母さんは用事があって出かけてるから。夜まで俺たちだけだよ」
「うっわぁ……。わざわざ親がいないときにウチらを呼ぶとか下心見え見え過ぎて引くわぁ」
「なんでそんな解釈になるの!? みんなの予定を合わせただけだから!」
「飲み物を出されたら気をつけろよ。睡眠薬が混ぜられてるかもしれんぞ」
「混ぜないよ!」
詩乃と織歌にからかわれ、詞幸は肩を落とした。
ただでさえ緊張しているというのに、そんなことを言われては余計に意識してしまう。
2階にある自室まで先導する詞幸の額には、暑さからではない汗が滲んでいた。
「ここが俺の部屋だよ」
それを気取られないように、平静を装ってドアノブを回した。
「まぁ、これが――。うふふっ、男の子の部屋に初めて入っちゃいましたっ」
御言はウキウキした様子で部屋の中央まで進み、ぐるっと見回している。
「ほう、綺麗に片付いてるじゃないか」
「ね。もっとごちゃごちゃして服とか脱ぎ散らかしてると思ってた。なんか拍子抜け~」
「なにを期待してたの……」
しかし詩乃たちの反応を見て詞幸はそっと胸を撫で下ろした。
昨日丸一日かけて部屋の片づけと掃除を行ったのだ。極力生活感を排除し、悪印象を与えないようにと苦心した結果である。
とはいえ部屋自体は男子高校生のものとしては普通だ。ベッド、クローゼットとハンガーラックに勉強机、大半が漫画本で埋められた本棚とその横にはテレビとゲーム機。そして四角いテーブル。
変わっている点と言えば、いつぞや大量購入して余ってしまった可愛らしい猫のクッションが4つ、テーブルに据えられているところか。
「あ、これって部室でウチらが使ってるやつの余り? まだこんなにあったんだ」
「ははは、ちょっと買いすぎちゃって……」
この愛音へのプレゼントの余りは、実はまだ押し入れの中にあるのだ。
曖昧に詞幸が笑っていると「さて」と御言が手を叩いた。
「それでは早速ですが、」
手を合わせた姿勢のまま首を傾ける。
「エッチな本を探しましょう!」
「なんでそうなるの!? 勉強するんじゃないの!?」
当然のツッコミだが、御言は口元を隠して小馬鹿にしたように笑った。
「あらあら知らないのですか、詞幸くん。男の子の部屋にお呼ばれした女の子がエッチな本を探して性的嗜好を探るのは定番中の定番。むしろ礼儀とすら言えるのですよ?」
「礼儀じゃないよ!? それが定番なのは二次元の世界だけだからね!」
「……ねぇそれおかしくない? なんでアンタにそんなこと言いきれるの? 彼女いたこともないアンタに、なんで男子の部屋に呼ばれた女の子の行動がわかるわけ?」
「うっ……」
「そりゃぁ一人くらい物好きな子がこの部屋に来たこともあるかも知んないけどさぁ、でも一人だけじゃ『定番』かどうかなんて判断できなくない? それともなに? アンタは女の子と付き合ったことはないけど、女の子を何人も部屋に連れ込んだことのある最低男なの?」
「…………いえ、皆さんが初めてです……」
だからこそ彼は先ほどからずっと緊張しているのだ。いや、先ほどからではなく昨日から。
「ちなみにコジャっちは彼氏の部屋で探したことある?」
「…………」
目を逸らされた。身に覚えのある人間の反応だ。
「というわけでエッチな本探し開始です!」
「やめてえええぇぇぇぇッ!」