第140話 思い出のカタチ
とある日の昼下がり、詞幸が読書感想文のための本を読んでいたところスマホが震えた。
「あれ、珍しい」
確認すると織歌からのメッセージだった。グループチャットではなく個人宛てのものである。
訝りながら中を見ると、本人の飾り気のなさを反映したような文章でこう綴ってあった。
『この前プールに行ったときの写真だ』
「おっ、待ってました!」
思わず歓びの声を上げる。
というのも、詞幸は話術部でのプールに防水デジカメを持参したのだが、1枚も写真を撮らなかった――否、撮れなかったのだ。
これは女性陣からの強い反対があったためで、曰く、『絶対変なところばかり撮るに決まっている』『監視員に連行されかねない』『とにかくキモい』とのことであった。
信用も信頼もまるでされていない。
代わりに紗百合が持ってきた、詞幸のデジカメより数段高価なデジカメを使って女性陣で回し撮りしていたのである。
『ちなみに小鳥遊が撮ったと思しき写真は全て除外してある。卑猥なアングルばかりでとても男に見せられるような代物ではなかった』
(愛音さんはブレないなあ)
本来なら呆れるべき場面なのだろうが、彼の場合はほっこりと和んでしまっていた。
そうこうしているうちに次々と写真が貼られていく。
詞幸は見目麗しい女性たちの切り取られた一瞬の煌めきに目を細めた。
『ところで質問なんだけどさ』
数枚の写真を見たところで彼はそう投げかけた。
『なんでトリミングされてたり黒塗りだったりしてるの?』
そう、織歌が貼る写真は皆の顔が写ってはいるものの、女性陣の首から下が黒く塗り潰されていたり、不自然にトリミングされていたりといったものばかりなのだ。
嫌な予感を抱きながらも行った質問だったが、返答は予想通りのものだった。
『お前がなにに使うかわからないという意見があったからだ。ちなみに加工したのはわたしだ』
『いくらなんでも人聞きが悪くない?』
『間違ってはいないだろう。わたしは経験上、男というのはそういう生態をしていると理解している』
この『経験上』というのは彼氏とのことを言っているのだろう。
一人の男性の行動を見て男性全体がそうであると決めつけるのも横暴な話だが、誠に残念なことに、女性たちの水着姿を見て興奮のあまり醜態を晒した詞幸には強く否定することができなかった。
自分の愚かさが悲しい。
『それともう一つあるんだけど』
藪蛇にならぬよう話題を変えた。
『なんで俺の乳首に★マークが付いてるの?』
写真の中にいる詞幸はもれなく両胸に黄色い★マークを付けている。
『調先生から禁止令が出ているから不適切なものと判断した』
なんでもないことのように返信された。
織歌の言う禁止令とは紗百合が出した『乳首禁止令』のことである。随分抽象的な禁止令だと思ったがこんなところで適用されるとは。
しかし――
(こっちの方が卑猥度が増している気がするんだけど……)
逆効果である感は否めない。
『もしかしてこの写真みんなに送ったの?』
『この★マークの加工をしたのはわたしではなく小鳥遊だ。あいつはみんなに送って大いにウケていたが』
『笑いものにするなんて酷い!』
と、ここで詞幸は「いや待てよ?」と思考した。
(愛音さんが写真の俺の体を加工して楽しんでるなら、それはそれでいいことなんじゃないか?)
だから彼はこうメッセージを書いた。
『でも愛音さんが俺の体をいじって楽しんでくれるなら俺も嬉しいかも』
特に推敲することなく送信する。
『卑猥極まる最低な文章だな。お前をある程度からかったらまともな写真を送るつもりだったが気が変わった。じゃあな』
「ええっ、なんで!? どこが卑猥なの!?」
織歌に無視された彼が誤解を解いて普通の写真を手に入れる頃には日が暮れていたという。