第138話 水着とプールと㉓ チョロイン再び
帰りの車内は『来るときに軽く車酔いしちゃったから帰りは助手席に座らせて?』という季詠の希望により、席が変更となった。
季詠と詞幸が位置を交換し、彼の席は最後尾左側――なんと愛音の隣になったのである。
これは二人がギクシャクしたままだとよくないと考えた季詠の計らいによるものだ。
(ありがとう帯刀さん!)
その優しさを無駄にしないためにも全力で愛音の機嫌を取らなければならない。
「ぷいっ」
愛音は相変わらずだ。口をへの字に曲げて腕を組んでいる。さっきからこちらを向いてくれないが、詞幸はこういうときどうすればいいか経験上知っていた。
「愛音さん、これ食べる?」
バッグから彼が取り出したのは『おつまみ鶏皮』。スナック菓子である。
要は餌付けをしようというのだ。
食べ物で釣るというのは浅はかなことこのうえないが、彼女はこれで揺らいだことがあるのだから仕方がない。
もっとも、事が事だけに今回ばかりは上手くいかない可能性が高い。そう思っていたのだが、
「食べるー!」
彼女はあっさりと破顔した。
「これ美味いんだよなー!」
「ど、どうぞ……袋ごと。愛音さんのために用意したものだから」
「わーい! ありがとな、ふーみん!」
『おつまみ鶏皮』を奪うように受け取ると乱雑に袋を開け、逆さまにして流し込むように頬張り始めた。
(機嫌直してくれるのは嬉しいけど……男に乳首見られたのに食べ物ですぐ許すってのはどうなんだろう…………)
自分でしたこととはいえ心境は複雑だった。
「あっ、お前いまアタシのことチョロい女だった思ったろーぱくぱく。全然そんなんじゃないからなっ」
愛音は脂でテカる人差し指をピッと立てた。
「とっくにアタシは冷静さを取り戻してたんだよ。ただ、世の女たちのためにも怒るところはしっかり怒らないといけないからなーもぐもぐ。だから単純に矛を収めるタイミングを掴めてなかっただけなんだよむしゃむしゃ。わかったかー?」
「へえー、深謀遠慮があったんだねえー」
ぎこちないながらも、わざとらしくないように気をつけて相槌を打つ。
「あたりまえだろー、子供じゃあるまいし。食べ物に釣られるなんてありえないだろーもしゃもしゃ」
口の周りを食べかすで汚していては説得力が皆無だった。