第136話 水着とプールと㉑ ○○を笑う者は○○に泣く
「おおおおお――――!」
凄いスピード感だ。
水を蹴散らすようにチューブの中を滑り降りていく。チューブはくねくねと曲がり、視界が揺さぶられる。
時折チューブの上部が開けて青空が覗くが、詞幸に景色を楽しんでいる余裕はない。
わけもわからぬまま、そのままゴールから飛び出した。
着水すると衝撃と共に体が沈んでいく。
水面から顔を出すと自然と笑えてきた。
「なにこれ楽しー!」
「お帰り詞幸ぃ!」
プールサイドで見ていた詩乃たちに手を振る。
係員に従いプールから上がると、ほどなくして悲鳴が聞こえてきた。
「キャアアアアァァァァァァッ――――――――べんぶっ」
そして、みょうちきりんな鳴き声と共に不格好に沈んでいく。
「ぷっ――ユリせんせー大丈夫ですかぁ?」
立ち上がった紗百合を見て詩乃が噴き出す。それほどまでに彼女の姿は酷いものだった。
前髪が顔面に張り付き、唇は震え、ミーアキャットのように手を持ち上げてキョロキョロしている。美人が台無しだ。
「大丈夫ですかっ?」
心配する詞幸に彼女が髪を掻き上げると、その瞳は潤んでいた。
「うぅー……鼻に水が入ったぁー……」
しかしそれも一瞬のことで、
「でもすっごく楽しかったわ! もう1回やりたい!」
と幼い子供のように目をキラキラ輝かせた。
「そんなに気に入ったんだ~? じゃあウチらともっかい並びますかぁ?」
「うん! 行く!」
「……なんだか精神年齢が幼くなってないか?」
待機組と交代だ。詩乃、織歌、そして紗百合を見送り、今度は詞幸が待つ番である。
脇に避けて待っていると、すぐに「ひゃっほぉぉぉぉぉぉぉぉう!」と声が聞こえてきた。
紗百合よりもずっと静かに愛音が着水する。
「ぷはぁ! わははははっ! 気持ちいいなーこれ!」
大きく口を開けて笑う愛音。
「愛音さんおかえり! 楽しかったよね!」
じゃぶじゃぶと跳ねるように歩く愛音に声をかける。
「おう、最高だったぞ! ――ってあれ? さゆりんは?」
「楽しかったからって縫谷さんたちと一緒に2回目に行ったよ」
すると愛音はやれやれとばかりに肩を竦めた。
「まったく、さっきは全然踏ん切りがつかないから尻を揉んでやったってのに、随分と調子がいいもんだ」
指をワキワキと動かしてみせる。
「叩くどころじゃなかったんだね……」
彼はそのときの様子を想像しかけ、刺激が強すぎるので無理矢理掻き消した。
「よっ――と」
愛音が階段の手すりに手をかけてプールから上がってきたそのとき、事件は起きた。
「あ、愛音さんっ。ち、ちちちちちちちち」
詞幸がいきなり狼狽えだしたのだ、
「ん? なんだいきなり。鳥の鳴き真似か?」
しかし彼は答えず、人の言葉を忘れてしまったのか口をパクパクと動かすばかりだ。
「いったいなんだってんだ?」
訝る愛音に、震える指で詞幸が指し示す。愛音はその先を目で追った。
指先が愛音の脇腹からツーっと上っていく、その先。
膨らみのない平野に、ほんのわずかに小高い丘がある。その一か所だけが、平野の肌色と違う薄桃色だ。
「!!!!!!!!!」
――ピンクの水着がめくれて、乳首が見えていた。
右の乳首が見えていた。
愛音の顔が一瞬で真っ赤になる。
「お、おま、お前えええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーッ!!!」
直しながら愛音が絶叫する。
「チガウチガウオレワルクナイ! シテキシタダケ!」
衝撃的な光景に脳の回路が焼き切れた詞幸はカタコトで無罪を主張する。
そう、これは詞幸のせいなどではない。ウォータースライダーの使用による摩擦と衝撃、加えて多くの女性であればそのバンドゥ・ビキニに引っかかるはずの膨らみが絶無だったこと、この二つが重なった不幸な事故なのである。
しかし愛音は冷静さを欠いておりそれどころではない。涙目で激昂する。
「こんのドスケベ淫獣めー!! いまつつこうとしたろーッ!!」
「ヌレギヌダヨ! オレムジツシンジテ!」
このいざこざは詩乃たちが戻ってきてもまだ続いていた。