第135話 水着とプールと⑳ 見送られる側として
「う~……、ほんとにやるの~?」
愛音に手を引かれ、紗百合がおどおど階段を昇っていく。
「調先生、大丈夫ですか? 無理ならまだ引き返せますけど……」
詞幸が気遣うと縋るような目が見返してくる。
「おいおい、おかしなこと言うなよ。いい歳した大人がこんなことで逃げるなんてみっともない真似するわけないだろー?」
「うぅ~っ……」
しかし愛音がピシャリと言い放つと俯いてしまい、重たい足取りをさらに重くした。
このやり取りからわかるとおり、愛音は紗百合を慮って手を握っているのではない。
逃げないように拘束しているのである。
「あう~……」
『高い所が苦手なのよ』と説明したのにも関わらず半ば強制的に連行されてきた紗百合は、その恐怖から目を逸らすために口を動かす。
「そういう小鳥遊さんこそ大丈夫なの? その、身長制げ――」
「大丈夫だよ! あそこに書いてあるだろ、『利用制限120㎝以上』って! アタシはいま136㎝! 超余裕だー!」
食い気味に看板を指差した。
ウォータースライダー。地上10mの高さから全長約100mのコースを滑り降りる、人気のアトラクションだ。
話術部の中で並んでいるのは詞幸たち3人。詩乃と織歌も一緒に来たのだが、出迎える人がいないと最初に滑る人が盛り上がらない、という詩乃の経験者らしい判断により、二人はゴールで待機中である。
やがて頂上――スライダーのスタート地点に到着した。上から見ると結構な高さがあり。レジャープール内の端まで見渡せる。
嫌だ嫌だと騒いでいた紗百合はといえば、観念したのか恐怖でそれどころではないのか、先ほどから一言も発していない。愛音の手を握り返す力が『ぎゅうっ』だったのが『ぎゅうううぅぅぅっ』になっているので恐らくは後者だろう。
「なー、順番はどうする?」
「俺が先に行くよ」
一歩前に出る。男らしさを見せるためにここは堂々と先陣を切るべきだ。
詞幸が力強く答えると、愛音は「じゃあアタシは最後だな」と頷いた。
「さゆりんが逃げないように見張ってないといけないからなー。怖気づいたら尻を叩いてやる」
「それ慣用句として使ってるのよね? 本当に叩かないわよね?」
(愛音さんならやりかねないな)
と、そうこうしているうちに詞幸の番となった。
チューブ状になっているスライダーの始点からは絶え間なく水が流れている。その部分に腰かけ、頭上に設けられたバーを握り締めた。
(ううっ、心臓がバクバクしてる……)
あとは手を離すだけ。
詞幸にとってこれがウォータースライダー初体験であり、正直怖いという気持ちもある。
しかし、だからといってスタートを躊躇うような、いわゆるダサい姿を見せるわけにはいかないのだ。
彼は後ろの二人を振り返り、ニカッと白い歯を見せて笑った。
グッ、と親指を立てる。
「グッドラック!」
そう言い残して彼の姿は消えた。
残された二人はなんとも言えない表情で詞幸がいた空間を見つめている。
「…………あれって普通、見送る側が言う台詞よね?」
「ああ……アイツめっちゃダサいな」