第134話 水着とプールと⑲ 犯人たちの供述
頭は混乱していたが御言の告白を整理しようと季詠は記憶を遡る。
『わたくしたちは誰が犯人か知っています。ですが、それが故意で触れたのか事故で触れたのかまではわかりません。だから言えないのです』
こんな犯人を庇うような発言をすれば、まさか当の本人を疑う者はおるまい。まんまと騙されたわけだ。
まさか――自分以外に詞幸の乳首に触れた者がいたなんて。
予想外、想定外の事態だ。
「それで、季詠ちゃんが触ってしまったのはわざとですか?」
上気した顔で御言は言う。季詠が頷くことを期待しているように、まるで答えなど決まっているかのように、その瞳は爛々と輝いている。
そもそも触っていないなどという言い訳は通じない雰囲気だ。
温水に浸かっているというのに冷や汗が止まらない。
御言が犯人が誰かわかっているというそぶりを見せたとき、どうせハッタリだと思った。彼女は詞幸をからかうことをなにより楽しんでいるふしがある。だから大丈夫だと、自分の行いだとバレていないと――信じたかった。
だがこうしてわざわざ追ってきて二人きりの環境を作ってまで話をしているのだ。それほどまでに自分の仕草はあからさまだったということではないか。
(ああ、もう死にたい……)
みんなに見られていたという羞恥心や罪悪感に自責の念、いままで無理矢理に押し込めて蓋をしていた負の感情が溢れ出す。
もう言い逃れはできない。
でも、肝心な部分だけは否定するしかない。どんなに苦しい言い訳でも。
「いや確かに私も触っちゃったけどでもあれはもみくちゃの状況で起きた不運な事故でたまたま触れちゃっただけで私の意思とは関係なくて」
「わたくしは自分の意思で率先して触りにいきましたが」
「……はい!?」
「女の子であっても異性のカラダにやらしい気持ちを持つのは当然のことです。だから隠さなくてもいいのですよ? わたくしたちは秘密を共有する仲間ではありませんか」
あっけらかんととんでもないことを言う。
呆気にとられる季詠を余所に、御言は恥じらうように両頬に手を当てて体を揺する。
「わたくしは男の子の裸を生で見るのが初めてだったのです。女の子とは違うゴツゴツした肉体を見つめていたら、とても興味が湧いてしまって――」
筋肉に触れていいかと詞幸に聞いていたのを思い出す。傍目にもわかるほど、あのときの彼女は平静さを失っていた。
「ここを触ったらどんな感じなのか、硬いのか柔らかいのか、どんな反応をするのか、と。イケナイことだと思えば思うほど自分を抑えることができず、つい魔が差してしまったのです」
彼女の息は荒くなり、自分自身の言葉に興奮しているようだった。
「ああ、あんなはしたないことをしてしまうとは、わたくしはなんてイケナイ子なのでしょう……!」
虚空を見つめ、興奮冷めやらぬとばかりに恍惚の表情を浮かべている。その視線が、つい、とこちらに流れる。
「それで、季詠ちゃんはどうして『アレ』に触ったのです?」
否定も虚しく、御言の中では故意に触ったものとして断定されているようだ。
「先ほども言いましたが、このことは二人だけの秘密。誰にも言ったりしません」
「……………………」
「わたくしがこんなに恥ずかしい告白をしたのに、季詠ちゃんだけだんまりなんて。お昼のときも詞幸くんの胸ばかり見ていましたし、意外とムッツリなのですね、季詠ちゃんは」
「ム、ムッツリじゃないよ!」
声を荒らげると御言はくすくすと笑った。
それは馬鹿にしたような笑いではなく、親近感を感じているような、得難い同志に向けるような、そんな笑みだった。
「まぁ冗談はさておき」
(どこまでが冗談なのかわからないよ……)
「あまり気に病むことはないと思いますよ? わたくしたちの犯行を目撃しても、故意に触ったとは誰も思っていないはずです。とてもさりげない触り方でしたし、口裏を合わせてくれたのですからね」
「そうなのっ?」
自然と声が軽くなる。心のもやもやが一気に晴れた。
「あ、でも織歌ちゃんはたぶん気づいていますね」
瞬く内に再び曇る。
「もお、どっちなの!?」
「うふふふっ、ご安心ください。織歌ちゃんは秘密を守る主義ですし、秘密を知っているということすら周りに気取らせませんから」そう言うと御言は立ち上がった。「わたくしは嬉しいのです。同じような嗜好を持つ仲間できて。また今度、やらしいお話をしましょうね?」
内容はアレだが仕草はあくまでも可憐なまま、御言は去っていった。
「っはぁぁぁぁ………………」
その姿が見えなくなってようやく重い息を吐き出せた。なんだかどっと疲れた。
一人残された季詠は、とぷんと頭のてっぺんまで潜り、今度からはせめて凝視しないように気をつけよう、と心に誓うのであった。