第132話 水着とプールと⑰ それくらいの色
全員での昼食は四阿のような有料休憩スペースでとることになった。2基のテーブルと椅子があるのみの簡素なつくりだが、陽射しが遮られているだけで体を休めるのに申し分ない。
テーブルの上には各々が買ってきた食べ物が所狭しと並べられ、ちょっとしたパーティーの様相を呈している。
「うあー、もうお腹ペコペコだぞー」
愛音が腹部をポンポンと叩いてさすった。詞幸はそれに視線を奪われる。
というのも、女性陣は皆一様にラッシュガードを身に付けているのだが、愛音はそれを羽織るだけで前のファスナーを閉めていなかったのだ。
女性らしい丸みとは対極に位置するその無駄のない締まった腹部に、彼は一種のフェティシズムを感じてしまう。
「月見里、目つきがイヤらしいぞ」
「ご、ごめっ」
しどろもどろに謝りながら慌てて視線を逸らす。織歌に見咎められてしまったのだ。
詞幸と織歌は同じテーブル。愛音は隣のテーブルであったため、熱い視線を送っていたのが目立ったのだろう。
しかしそれも無理からぬというもの。
彼は健全な男子高校生であり、愛音は恋心を抱く相手なのである。
水着の彼女らと過ごし、いかにその艶姿に慣れたといっても、彼にとって刺激的な光景であることに変わりはないのだ。先ほどの《淫獣形態》のような醜態を晒さないだけマシとすら言える。
現に隣に座る季詠も、その柔肌の大半を隠しているものの、肝心の胸の谷間があらわになっており、これまた非常に刺激的なのだ。
「「あっ」」
――とそんな季詠と目が合ってしまった。二人の声が揃う。
(うわ、いま俺露骨に胸見ちゃってた……)
豊かな胸とは、なんと恐ろしい魔性を秘めているのか。織歌から指摘されたばかりだというのに、気づいたらいやらしい目|(本人にその自覚はないが)で不躾に見つめてしまっていた。
素直に謝らなければ。そう思って口を開いた。
「ごめんなさい! ジロジロ見ちゃって!」
「――え?」
だが謝罪の言葉を口にしたのは季詠の方だった。
「なんで? 謝らなきゃいけないのは俺の方なのに……て、ん? 俺のこと見てた? なんで?」
疑問が頭に浮かぶ。季詠がこちらを、しかも“ジロジロ”見る理由とは一体なんだろうか。
「はぁ…………」
そんな中、織歌が憂いを帯びた溜息を漏らす。次に語る言葉も、憂いの色が含まれていた。
「あのな、月見里。帯刀はな、お前がいつまでもそんな格好のままいるから無言の抗議をしていたんだよ」
そこに出来の悪い子供に言って聞かせるようなニュアンスがプラスされる。
「わかるか? 誰にだって食事時に見たくないものがあるだろう? お前にも羞恥心があるのなら、タオルで隠すなりしたらどうだ?」
言われて、織歌の視線を辿るように首を下に向ける。
「…………」
気づいた。
「デリカシーのない馬鹿でどうもすみませんでした!」
彼はバッグからタオルを取り出して首に掛け、その両端が胸の前を通るようにし、散々愛音になじられた左右のアレを隠した。
「変なモノ出したままでホントすみません! お見苦しいものお見せしてホントすみません!」
「ううん、そんな気にしないで! 全然、見苦しくなんてないから!」
畏まった謝罪を受ける季詠は頭と手を大袈裟にブンブン振ってフォローに徹した。
「でもっ、こんなのただえさえ気持ち悪いだろうに俺の場合色がっ――」
「全然変じゃないよ! 私のだってそれくら――」
――時が、止まった。
そう感じてしまうほど、季詠の動きは完全に停止していた。もちろんそれは詞幸も織歌も、なんとなく会話を聞いていたほかの面々も同様だった。
「ち、ちが……」
再び時が動き出したとき、季詠の眼は落ち着きなく彷徨って、額には玉のような汗が浮かんでいた。
「違うの! 違うから! そういう意味じゃなくて! とにかくそういう意味じゃないから!」
わちゃわちゃと手を動かして声を荒らげる。
「月見里くんわかった!?」
「えっ――はい! わかりました!」
「みんなもわかったわね!?」
コウコクっ。
とにかく頷くしかない。それほどまでに季詠の剣幕は凄まじかった。
「はいじゃあこの話はおしまい! ご飯にしましょう! いただきまーす! うわぁ、美味しそう!」
季詠はその後も妙なテンションを空回りさせ続けるのだった。