第131話 水着とプールと⑯ 忠告の意味
『アンタは純真ってゆーか単純ってゆーか――とにかく無防備だから気をつけた方がいいんじゃない? そんなんじゃそのうち女に騙されたり利用されたりで痛い目見るよ?』
先ほど詩乃からそんな忠告受けていた詞幸は頭の中で反芻する。
(傍から見ると俺ってそんなに騙されやすそうに見えるのかな? 全然自覚ないけど……)
首を捻りながらプールサイドを歩く。ほどなくして食欲をそそる匂いのするエリアに辿り着いた。
時刻はまだ11時を少し回ったところだが、朝が早かったので胃が先ほどからグゥグゥと食物をせがんでくる。
それは女性陣も同様だったようで、ここらでお昼にしようということになり、荷物番を残しつつ各自交代で昼食を買いに行くことになったのだった。
正午にはまだ時間があるということもあり売店に並んでいる人はさほど多くなく、すぐに詞幸の番となった。
メニューを見上げると美味しそうな写真が並んでいる。カレーやハンバーグ、ラーメンといったコッテリ系のラインナップだが、水中運動で消費したカロリーを考えれば罪悪感も薄い。
「えーと、じゃあ――」
詞幸がメニューを指差して注文しようと右手を上げた、その時である。
「おにーちゃん、アタシあれ食べたーい」
下の方から声。同時に左手に柔らかなぬくもり。
小さな女の子が人違いをして寄ってきたのだ、と一瞬そう思ったのだが。
「!!?」
そこにいたのは愛音だった。
彼女は無邪気な笑顔で詞幸の手を握り、ピョンピョン跳ねながら反対の手でメニューを指し示していた。
「――――」
絶句、である。
言葉が出ない。言葉にならない。
「ねーねーおにーちゃん、どーしたのー? どーしてだまってるのー?」
「――はっ! ごめんごめん、急だったからちょっとビックリしちゃって」
半ば気絶に近い状態から回復した詞幸は、その衝撃を表に出すことなく心の中で絶叫していた。
(きゃ、きゃわ~~~~~~ッ! 可愛すぎだろーーーーーーッ!!)
舌足らずな口調の愛音はその容姿も相まって、知らぬ人が見たら本当に詞幸の妹だと勘違いすることだろう。現に店員も優しい微笑みでこの兄妹のやりとりを見守っている。
それどころか、
(なんて可愛さ、なんて破壊力! そうか、愛音さんは俺の妹だったんだ!!)
本人さえもこの調子である。
「もー。おにーちゃん、ほらアレ! アレ食べさせて!」
「よーし、お兄ちゃんに任せとけえ!」
思考能力が馬鹿になった彼は言われるがままにオーダーする。なぜ愛音が妹のフリをするのか、いまオーダーした『キングトレジャーBOX』なる、揚げ物、カレー、おつまみ、その他各種詰め合わせの商品が全ラインナップ中で最も高価であることにも頭が回らない。
「あっ、あのガパオライスも食べてみたーい! あとね、デザートはね――」
「はははは、好きなもの頼んでいいからね! お兄ちゃん奮発しちゃうぞお!」
「わーい! おにーちゃん、ありがとー!」
屈託のない笑み。その下で愛音はほくそ笑んだ。
(にひひっ、作戦よりも上手くいったな!)
彼女の作戦では、詞幸が愛音を妹でないと否定してもそのまま演技を続行し、周囲に『妹にご馳走してあげるのが嫌で他人のフリをする薄情な兄』と認識させることで、冷たい視線が針の筵となって奢らざるをえない空気を作り出す筈だったのだが、まさかノリノリで奢ってくれるとは。
(いやー、ふーみんはチョロい! そんなに妹が欲しかったのか!)
――このあと、詞幸は財布の中身が異様に少なくなっていることに気づき、詩乃の忠告の意味をようやく理解することになるのだった。