第130話 水着とプールと⑮ 自己防衛
「男性というのは元々支配欲が強いのです。これは群れを統率する動物としての本能ですね。そしてその支配を腕力や権力ではなく男性としての魅力で成し遂げる――そこに大きな悦びがあるのですよ!」
官能小説で読書感想文を書こうという少女ならではの熱の籠った言説に詞幸は当惑した。
「上ノ宮さんってば変な分析しないで!?」
その真摯な訴えに、御言は文庫本を示すように反駁する。
「変ではありません。ユリちゃんに用意してもらったこの本のシリーズにもよく出てくるシチュエーションなのですよ?」
「先生が原因なんですか!? 生徒に布教していい趣味じゃないでしょう!」
紗百合は頬を赤らめて首を横に振った。
「違うの! あたしは読んでないから! あたしはただ御言ちゃんに頼まれたから本を買ってあげただけで――」
「わたくしでは買えない本をユリちゃんに代わりに買ってもらっているのです」
「自分で読むより教え子にいかがわしい本を買い与える方がマズいと思うんですけど……」
「いかがわしいとは心外ですね。性的知識を得ることはなにも不潔で不埒な行いではないのです」
御言はぷくっと頬を膨らませた。
「いいですか? 日本における性教育は諸外国に比べて遅れていると言われています。大人たちが忌避し、触れてはならぬものとして扱っているのです」
立てた人差し指をくるくると回して弁舌を振るう。
「ですが、わたくしたちは結婚はできずとも、もう子供を産める体になっているのです。肉体的にはもう立派な大人です。それなのに、大人たちは『まだ子供だから』とわたくしたちを性教育から遠ざける。それは、地図もコンパスも持たせず荒野に置き去りにするに等しい愚かな行いでしょう。ですから女の子は自分で学ばなければならない、自分の身を自分で守らなければならないのです。男性がどういう存在で、なにを求め、なにを考えて行動するのか。知らないのでは自分の身は守れません。だからわたくしはこうして知識を獲得しているのですよ。そこに恥ずべきことはなにもありません。かく慎ましくあれという声に耳を傾ける必要はないのです。無知なあどけなさを晒すことと貞淑であることは違うのですから」
「なるほど、そんな深い考えが――ごめん、上ノ宮さん! 俺、自分の浅はかさを思い知ったよ!」
女性は守られなければならない存在だと、詞幸は考えていた。男が守るべき存在だと。そして、女性を守れる大人になりたいと。
しかし違ったのだ。女性は大人になる前から自分の身を自分で守らなければならない。高校生ともなれば、大人ではないが子供でもない。多くの脅威に晒されてしまう。
(自分の身を守るための自覚を持って、行動する。俺よりよっぽど大人だ)
「詩乃ちゃんも男性のことをよく知ろうとしているだけなのです。無防備にナンパ待ちしているのでありませんよ」
「そうか、納得したよ! 縫谷さんは悪い男に騙されないように経験を積んでるんだね!」
と、向き直った詞幸を詩乃は半目で見据えた。
「いや、違うし。ウチは単にいい男と遊びたいだけで全っ然そんなこと考えてないから」
その言葉には溜息が混じる。
「みーさんもただエロい本読みたいだけなんだからさ、アンタもそうやってホイホイ女の子に騙されるの気をつけた方がいいよ? 自分の身を守らなきゃいけないのは、しっかりちゃっかりしてるみーさんよりも、むしろ間抜けなアンタの方だかんね?」
「ご忠告痛み入ります……」
騙されたばかりの詞幸には、大人しく聞き入れるしかない金言だった。