第12話 NDK
昨日は季詠の作戦で、「詞幸が季詠にフラれる状況」+「季詠が一番大切なのは愛音だという発言」を愛音に目撃させた。
これにより、愛音にとって既に恋に破れた詞幸は脅威ではなく、わざわざ敵視する必要などない、という認識に改められているはずである。
それを確かめるため、詞幸は愛音が登校してくるのを今か今かと待っていた。
なんとかなく落ち着かずいつもより早く登校してしまった詞幸はそわそわ待ち続ける。
やがて、コトン、というバッグを置く音が聞こえた。
詞幸は恐る恐る振り返る。愛音だ。
(今日こそは威嚇されませんように今日こそは威嚇されませんように。……いや、威嚇されても可愛いからいいのか? じゃあ威嚇されてもいいから無視されませんように無視されませんように!)
そんなことを思いながら、挨拶をしようと口を開いたのだが、
「おっす、ふーみん。おはよう。元気かー?」
先んじて朗らかな挨拶と笑顔を向けられた。
(て、天使だ…………っ!)
昨日までのわだかまりなど最初からなかったかのようなその可憐な笑みに、詞幸は目尻に涙を溜める。
「おおおはよう、愛音さん! 俺はとっても元気だよ!」
(君の笑顔が見られれば、心が土砂降りでもすぐ元気になっちゃうよ!)
心の底から溢れ出る喜びを声に出して表した。
「ははっ、そうか元気か。でもな、ふーみん。無理して元気なフリをする必要はないんだぞ? 辛いときは辛いと言っていいんだ。それは全然恥ずかしいことなんかじゃない。悩みがあったらはいつでもアタシに相談していいんだからな?」
とてもいい笑顔で詞幸の背中をバシバシと叩く。
「え? あ、うん、ありがとう…………?」
その言葉の意味がわからず詞幸は困惑の色を隠せない。
「あぁ、それにしてもなんて気持ちのいい朝だ。これだけ清々しいと新しい恋でも初めてみたくなるよな?」
愛音は窓の外に広がる青空を、清廉さを感じさせる微笑みで眺めている。
「……うん……そうだね…………」
「人に想われるといいうのはとても嬉しいものだからなっ。くふふっ、ふーみんにも是非その気持ちを味わってもらいたい。いやぁ特に深い意味はないんだけど!」
「……………………」
もう流石に詞幸も気づいていた。
人の不幸は蜜の味。愛音は詞幸がフラれ、自分が一番大切だと言われたことが嬉しくて堪らないのだ。そしてそれを失恋傷心中の男|(だと思い込んでいる)に誇り、煽らずにはいられないということだろう。
その証拠に、愛音は黙り込んだ詞幸に対して必死笑いを堪えている。頬がひくついている顔には「ねぇねぇいまどんな気持ち?」と書いてあるようだ。
詞幸は、側に来ていた季詠に小声で語りかけた。
「……もし俺が本当に失恋しててこんな態度されたら絶対泣いちゃうよ……」
「…………悪い子ではないんだけどね…………たぶん」