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第127話 水着とプールと⑫ 流れるプール

 愛音(あいね)は浮き輪の輪っかにお尻をすっぽりと入れて寝そべっていた。

 完全に脱力した様子で、眩しそうに腕を額の上にかざす。

「はーーー、冷たくて気持ちいいなーーー」

 そう言って小さな体で伸びをした。

 愛音たちは流れるプールに来ていた。

 詞幸(ふみゆき)季詠(きよみ)織歌(おるか)が取り囲むように愛音の乗る浮き輪に手をかけ、流れに身を任せている。

 ここにいる話術部メンバーは4人だけだ。

 御言(みこと)詩乃(しの)、そして紗百合(さゆり)は体を休めると言ってレストスペースに行ってしまったのだ。

「アタシ好きなんだよなー、流れるプール」

 詞幸は緩みきった表情の愛音に微笑む。

「楽しいよねえ。こう、スイーって進む感覚が」

 プールの底を軽く蹴ると、体が一瞬だけ重力から解き放たれたかのように軽くなる。やがて体が沈めばまた底を蹴ってひと時の浮遊感を得る。月面を跳ねているような、ささやかな非日常体験だ。

「うーん……確かに楽しいとも思うけど、アタシが好きな理由はそこじゃないんだよなー」

 と、眉根を寄せた愛音はピンと人差し指を立て、

「流れるプールとは人生の縮図である」

 低い声で名言っぽく言ってのけた。

「ん?」

 なにがなんだかわからなかった。

 首を捻る詞幸に、愛音はしたり顔で続ける。

「流れに乗ったうえで自力で泳いでグングン進むヤツもいれば、前を行くヤツが邪魔でなかなか進めないのもいる。ちょっと立ち止まりたいヤツもいるだろうし、時には流れに逆らおうとするヤツも出てくる。それでも社会とか時間とかは否応なく進んでアタシたちを流していくんだ」

 確かに、と詞幸は納得する。

 人の歩みは速さも進み方も違っていて、それでも前に進むことしか許されない。

 その流れは残酷なほどに平等で、誰しも逃れることはできないのである。

 彼女が語るには珍しい無常観だった。

(凄いや愛音さん。まるで哲学者のような深い考えだよ)

「だからアタシは流れるプールに入るとこう思うんだ」

 彼女の言葉に感銘を受けている詞幸は頷いて先を促す。

「どうせならこんな風に他人の力で楽して進む方がいいってな」

「……はい?」

 なんとも浅い考えが聞こえて詞幸は首を傾げた。

「流されるしかないなら逆らったって無駄だし、いまみたいに極力自分の力を使わず、ゆるやかーに流れに乗って生きたいんだよ。でも障害物にぶつかるのは嫌だから、誰かにコントロールはしてもらいたい。アタシはそう考えてるんだ」

 確かに、周りの客にぶつからないようにと浮き輪のコントロールは詞幸たち3人が行っていた。

「これぞアタシが――いや、全人類が夢見る人生なんだよ! つらい思いはしたくないし、過剰な努力もしたくない! 誰かに養ってもらって、ダラダラとまったり過ごすってのはみんなの夢なんだよ!」

 プカプカと流されながら天に向かって拳を突き上げた。

「はぁー……まったくこの子はまた変なこと言って……」

 季詠が額を押さえて長い溜息をつく。

「なるほど、流れるプールは人生の縮図か。なかなか上手いことを言ったものだな」

「織歌も同調しないでよ。愛音に怠け癖がついたらどうするの?」

 保護者モードになった季詠に、織歌は平坦な声で答える。

「ならばわたしがその人生にリアリティーを加えてやろう――ソイヤ!」

「うおおっ!?」「うわ!」「きゃ!」

 バシャーン!

 短い悲鳴と水しぶきが上がる。唐突に織歌が愛音を浮き輪ごとひっくり返して水の中に落としたのだ。

「ブクブクブク――――プハッ! おい、いきなりなにすんだよ!」

 怒れる愛音に、しかし織歌は涼しい顔で答えた。

「別に。甘いことを言うお子様に、人生に災難はつきものだということを教えてやったまでだ」

「なにー!? アタシのどこがお子様だって言うんだよ!」

「見た目も考え方もだ。だいたいお前は――」

 言い争いを始める2人を、詞幸と季詠は少し離れて見守っていた。

「さっきお子様って笑われたこと、根に持ってたんだね……」

「織歌は一見クールだけどあれで沸点低くて根に持つタイプだから……」

 場所は流れるプールでも、馬鹿にされたことは水には流せない織歌だった。

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