第123話 水着とプールと⑧ ナイスバディ
「ひゃっ」「冷た~!」「気持ちいいね~」
足先から慣らすように水に入っていくと、長時間の移動のせいで静止したままの全身を覚ますような冷たさが浸透してくる。同時に火照った体を浄化する解放感に、一同は声を上げた。
最初に向かったのはこのレジャー施設の中で最大の面積を誇る大型プールだった。エリアごとに水深が異なるため子供から大人まで誰でも入れるのだが、詞幸たちは営業開始と同時に滑り込んだため、まだ客の数は多くない。彼らがいる場所は水深が浅く、水位は詞幸の腰あたりまでしかなかった。もっとも、それでも愛音は胸まで浸かってしまうが。
「んじゃー、さっそく。そーれーーー!」
愛音は小さな体を捻りながら、腕を水面に走らせて水を撒き散らした。
「くっ、目に!」「やりましたねぇ!」「お返しよ!」
それに反撃する形で各々が水をかけ返す。
「わぷっ! このーっ、寄ってたかって卑怯だぞお前らー! いいだろう、お前らがそのつもりならアタシも本気で行くぞ! おりゃーーーー!」
バシャバシャバシャバシャッ!
「きゃぁっ! なんでこっちに!?」「きゃはははっ、ウチも!」「うおおお! くらえ愛音さん!」
その応酬は次第に激しさを増していき、水しぶきと笑い声が盛大に飛び交った。
プールの床面によって薄い青に見える水が降り注ぐ陽射しを反射し、清涼感のある輝きを生み出す。
乙女たちの白い肌が水滴をはじき、屈託のない笑顔が八月の太陽よりも眩しく光る。
艶やかに濡れた髪に鮮やかな色香が漂うが、無邪気にはしゃぐ姿はまるで幼子のよう。
彼女らの輪に加わっている詞幸の心は、その可憐でありながらも蠱惑的な姿に踊っていた。
(これだよこれ! 俺が求めてた青春は! ああ、なんて幸せなんだろう! ビバ☆夏!)
そんな興奮状態の詞幸であるが、テンションが上がってしまったのは彼だけではないらしい。
「ねぇねぇ、さっきから気になってたんだけど、月見里くんってけっこう筋肉あるよね?」
季詠がそんなことを言ったのだ。そしてまじまじと裸体を見つめてくる。普段の真面目な彼女ならば絶対にしない言動に、詞幸はドキドキしてしまう。
「え? そう?」
しかし、そうでもないけど、と謙遜する彼の口元は緩んでいた。ちゃっかり腕や腹に力を込め、軽くポーズをとってみたりしている。
「おー、ホントだー。お前意外とマッチョだったんだなー」
愛音が口にするとほかの面々も動きを止めて彼の肉体を注視し始めた。
話術部という文化部に籍を置く身でありながらも、詞幸の肉体は運動部員に引けを取らないほど鍛え上げられている。
それは詞幸が毎日の筋トレを欠かさなかったがゆえである。
腕立て、プランク、スクワット、バイシクルクランチなど、器具を使わず家で簡単にできる自重トレーニングばかりではあるが、彼は強い目的とそれを成し遂げる意志をもって己を鍛えてきた。
その筋肉たちはスポーツをするための実用的なものではない。
――単純にモテたいから。
ただ女子にカッコいいと思われたい一心で彼は入学してからの4か月間、己の肉体に鞭打ってきたのだ!
(さあ、みんな! 俺の筋肉を見て! そして黄色い声を上げるんだ! 『板チョコ腹筋パッキパキ!』ってね!)
「確かにけっこう筋肉あるよねぇ~」
「はい、腹筋なんて六つに割れているではないですか」
「ああ、それなりに引き締まっているようだ」
(そうそう、もっと褒めて!)
「ヒョロガリだと思ってたのに幻滅だよなー」
「顔とのバランスが取れてない気がするわね」
「はい。詞幸くんがもやしっ子でないなんて……ショックです」
(あれ……?)
「ねぇ、よく見ると――――――――じゃない?」
「ちょっと詩乃! 余計なこと言わないでよ! 気づいたら意識しちゃうじゃない!」
「あぁー、男の子でこれは気持ち悪いかもねぇー……」
(ええっ、なになに!? なにコソコソ話してるの!?)
「おいおい、ていうかアイツの――、――――――じゃないか!? わははははっ!!」
「ぷふっ! ホントだ! きゃはははははっ! キッモ~!」
「気づいてもそういうこと言うのはやめてくれ、小鳥遊。気持ち悪くて仕方ない」
「もうっ、人の身体的特徴を笑ったり気持ち悪いとか言うのはよくないよ!」
「ちょっと待って!? さっきからなんで俺のこと笑ってるのさ! 俺の見た目そんなに変!?」
「なんだお前、自分で気づかないのか? なら教えてやる」
愛音はまっすぐ詞幸を見据えて突き付けるように指差した。
「まず1つ目! 女にモテたいから鍛えたのが見え見えだしキャラに合ってなくてキモい!」
「うぐうっ!」
「2つ目! 男のクセに腋毛処理してツルツルなのがキモい!」
「清潔感あると思ったのに!」
「これが1番酷いぞ、最後の3つ目! ふーみんのクセに乳首が綺麗なピンク色なのがキモい! エロゲーヒロインみたいな色しやがって! もっと目に優しい茶色にしとけよ!」
「要求が横暴だよ!」