第121話 水着とプールと⑥ 待望の瞬間
調子を上げてきた真夏の太陽がジリジリと裸の背を焦がす。あまりの暑さに噴き出す汗もすぐに蒸発してしまう。
だが詞幸の胸には陽射しよりもなお熱い期待が宿っていた。
(まあーだっかなあ、まーだっかなあ!)
そわそわと体が小刻みに揺れる。
彼がいるのはプールと更衣室の間。バシャバシャと水を叩く音と楽しそうに弾ける声がそこかしこから聞こえてくる。
サーフパンツ姿の彼の肌を風が撫でていく。湿り気は多いが、山が近いからか地元に比べれば爽やかで心地よい。
(早くみんな出てこないかなあ!)
「あいつらはまだ時間がかかるぞ」
女子更衣室に首を伸ばす詞幸を平坦な声が窘めた。織歌だ。
普段の制服姿しか知らない詞幸の眼に、そのスラリとしたシルエットは新鮮に映る。
「へえ、競泳水着なんだね」
「ああ、中学までスイミングスクールに通っていたからな、そのときのものだ。悪いか?」
「いや、彼氏と海行ったりしてないの? そのときの水着は」
「ああん!?」
ギロッ!!
「ひっ、なんかよくわかんないけどすみません!」
知らず地雷を踏んでしまった詞幸。
「で、でも、すっごく似合ってるよ! なんか“らしい”っていうか!」
「……それは褒めてるつもりなのか?」
織歌の目が訝し気に細められる。
「褒めてるよ! あれ? でも彼氏がいる女子にこういうこと言うのって許されるのかなあ?」
「気にするな。そんなことでわたしは靡いたりしないからな」
彼女は最後に小さく「ほかの連中と違って」と付け加えた。
「え?」
詞幸がその発言の意図を確認しようとしたとき、
「お待たせ~」「ほら季詠ちゃん、もっと堂々としませんと」「だ、だってやっぱり恥ずかしいよ~……」「そんな立派なおっぱいを持っていてなにを恥ずかしがることがある! 全ての男どもがお前に釘付けになるほどの破壊力だぞ!」「小鳥遊さん、そんなこと言うと逆効果よ……」
明るく賑やかな声が耳に届いた。
待ちに待った瞬間に勢いよく首をもたげる。
「――――――――――――――」
彼は言葉を用意してはいたのだ。
イヤらしく聞こえないよう、ただ純粋に彼女らの可憐かつたおやかな美しさを讃える言葉を。
だが、その絶景を前にして、彼は言葉を失ってしまっていた。
先頭で手を振る詩乃はショートパンツに白のフレア・ビキニ。サングラスを額にかけている。
並んで先頭を行く御言は淑やかなワンピースタイプの花柄水着に麦わら帽子姿だ。
御言の後ろに隠れるように歩く季詠は髪をポニーテールに結び、藍色の三角ビキニと腰には水色のパレオ。
愛音はピンクのバンドゥ・ビキニ。紐付きタイプでフリルがあしらわれているデザインだ。髪は両サイドでお団子に纏まっている。
紗百合はアダルトな紫。上下のビキニが細い布地で繋がったようになっており、メリハリの利いた身体のラインを強調していた。
「どぉ? 詞幸ぃ~。ウチらの水着に見惚れちゃった? 最高の思い出になったっしょ?」
詩乃が腰をくねらせてポーズを作る。
「――――――――――――」
「はぁッ? 無反応!? すっごいムカつくんだけど!!」
「うふふふっ。違いますよ、詩乃ちゃん。水着の美少女に囲まれて放心状態なのですよ。ねぇ、ふみゆ」
「FOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!」
「きゃぁっ!!」
「な、なに!?」
「月見里くん!? いきなりどうしたの!?」
突然吼えた詞幸に一同が怯んだ。
「FAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」
「マズい! ふーみんのエロパワーが許容限界を超えて《淫獣形態》に移行したんだ!!」
「なにその設定!?」
「FUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUU!!!!!」
その後。
係員に「ほかのお客様の迷惑になるような大声は上げないでください」と叱られ、詞幸はようやっと通常モードに戻ったのだった。