第118話 水着とプールと③ 隣の価値
全員集まったので、そろそろ車に乗ろうという流れになったときだった。
「で、誰がどこに座る?」
詩乃がそう問題を提起したのだ。
刹那のうちに空気が緊迫し、いくつもの視線が交錯する。
誰がどこに座るか――つまり、誰の隣に座るか。
それは小さな問題であるようで、その実大きな意味を持つ。
近い距離で隣り合って言葉を交わすこと、それ自体の時間は短くとも、そこには確実に親密さが生まれる。そういった小さな積み重ねがやがて大きな絆に繋がったりするのだ。
親しい相手の隣、もしくは親しくなりたい相手の隣にいたいと思うのは当然のことであった。
「別に適当でいいだろう。片道3時間の旅程だし、後ろで固まれば互いの声が届かないということもないはずだ」
この場における色恋沙汰にさして関係していない織歌が言う。
紗百合のバンは8人乗り。運転席と助手席を除いた2列目、3列目で6人が座れる計算だ。
「ちょ、ちょっと待って!」
それに反論したのは座席を選ぶ当人ではない紗百合だった。
「誰も助手席に座ってくれないの!? 3時間も寂しく運転してるだけなんてあたし嫌よ!? 誰か隣で話相手になって!?」
大人げなく駄々をこねる高校教師に視線が集中する。
「なんだ、意外と子供っぽいこと言うんだなー、さゆりん。いい歳して寂しいのかー?」
「もう、そういう風に言わないの。先生は私たちのために運転してくれてるんだし、ちょっとくらいのお願いは聞いてあげないと」
「なら手っ取り早くジャンケンでいいだろう。負けたやつが調先生の隣に座る。それでいいな?」
「罰ゲーム扱い!? 教え子にこんな扱いされるなんてあたし泣いちゃいそう!」
織歌の提案に既に涙目になりながら嘆く。
「じゃ、じゃあ最後まで勝ち残った人が紗百合先生の隣に座る栄誉を賜るということで! いいですよね、先生!?」
「うぅっ、ありがとう帯刀さん。あなたみたいに優しい子がいてくれて嬉しいわ……」
見かねた季詠がとりなし、ジャンケン真剣勝負が行われた結果――
「よっしゃあああああああ!! 俺の勝ちいいいいいいいいい!!」
詞幸が勝利を収めた。
殊更大きな声を轟かせているのは紗百合に気を遣ってのことで、その心中は、
(うわああああ! 愛音さんの隣が良かったああああああ!! こんなことで運を無駄にするなんてええええええええ!!)
言葉とは裏腹に慟哭していた。
悔しさに歯噛みする詞幸。その袖がちょんちょんと引っ張られる。
「おいおい、随分嬉しそうだなー」
愛音がニヤついた眼差しを向けていた。
「気持ちはわかるぞ。お前もおっぱい大好きだもんなー。さゆりんの爆乳パイスラを間近で鑑賞できるから興奮してるんだろ?」
「違うよ!? そんなこと――」
「アタシにもあとで隠し撮り写真見せてくれよな? その腕時計に隠しカメラが内蔵されてるんだろ?」
「俺のことなんだと思ってるの!?」
彼女の中で自分の評価がどうなっているのか、恐くなってしまうのだった。