第113話 これはデートですか?⑬
御言と別れ、二人は並んで駅を出た。
(ふおおお! 愛音さんと二人っきりだあ!)
愛音とは同じクラス、同じ部活であるため共に過ごす時間は多い。しかし二人きりの時間というのは意外と珍しいものだ。
もちろん純粋に心配だったということもあって『夜道を女の子一人で歩かせるわけにはいかない』と詞幸は愛音に付いていくことにしたのだが、そういった下心が含まれていたことも否定できない。
しかしそんな待ち望んでいた状況であるにも関わらず、彼はチャンスを活かせないでいた。
「でな、アタシは無課金勢だから☆5はあんま持ってないんだけど、一応人権キャラは持ってて――」
愛音がゲームアプリの話をしきりにしてくるので沈黙が痛いということはない。ないのだが、ムードのある話題とは言えない。
住宅街には既に夜の帳が下り、静けさの中に虫の声が溶けている。
詞幸は相槌を打ちつつ、話の隙間に声を滑り込ませた。
「――愛音さん」
「ん? なんだ?」
愛音が顔を上向ける。あどけなさの残る大きな瞳が見つめてくる。
二人きり。
そのことを意識してしまうと彼女を直視できず、詞幸は視線を逃がすように上を向いた。
「ほ、ほら、星が綺麗だよ?」
足を止めて空を指差す。
まばらではあるが、そこには小さな光の粒がいくつも瞬いていた。
「お、ほんとだなー。あっ、あれ夏の大三角形じゃないかっ? 綺麗だなー」
愛音が小さな体を目いっぱい伸ばして天を指し示す。詞幸は「ええー、どれ?」とその先を追った。
(そうそうこれこれこういう感じ! 二人きりで星を見上げるとかすごく青春っぽい!)
自分の理想とする青春の一場面を描けてご満悦の詞幸だったが、そこでハッとした。
(これは『きみの方が綺麗だよ』チャンスなのでは!? いや、でもこのまま『月が綺麗ですね』展開まで一気に進めるのもあり!?)
彼は迷う。迷いつつも口を開きかけた、そのときだった。
「あれ、愛音? それに月見里くんも? 二人してこんなところでどうしたの?」
「あっ、帯刀さん」
季詠が後ろからやって来たのである。
「おー、キョミ! 偶然だな。もしかして同じ電車だったか?」
「そうかも。でもチャージが切れてたから改札出るのに遅れちゃって……。で、二人は何してるの?」
先刻と同じ質問を繰り返す季詠。すると愛音の顔がニマーっと笑ったのを詞幸は見逃さなかった。
「いやー、ちょうどミミとデートしてきた帰りなんだよー」
「ふ、ふーん。そうなんだ……」
季詠は視線を僅かに逸らす。そんな彼女に愛音は近づき、挑戦的な態度で見上げた。
「気になっちゃうかー? (アタシが)ミミとデートしたことに嫉妬しちゃうかー? やきもちやいちゃうかー?」
「ばっ、馬鹿言わないでよ! なんで私が(月見里くんが)御言とデートしたことに嫉妬しなくちゃいけないの!? そんなことありえないから!」
耳まで真っ赤にして叫ぶ季詠。静かな住宅街に声が反響する。
対して愛音はというと、
「そ、そこまで言うことないだろー……」
涙目になっていた。
「アタシはちょっとからかいたかっただけなのに…………うわーーーーー!!」
泣き叫びながら愛音が駆けだす。
「え!? なんでそこで愛音が泣くの!?」
「キョミのアホーーーー!! 冷血おっぱいーーーーーーー!!」
「変な罵倒やめて!!」
「待ってよ愛音さーん!!」
夜の街を疾駆する愛音、追う詞幸。
彼女を捕まえ、宥め、双方の誤解が解けたのは、それから30分後のことであった。