第108話 これはデートですか?⑧
彼女からすれば、詞幸が季詠に惚れているのは疑いようもない事実であった。
告白を断られてなお引き下がらない彼の胆力には目を見張るものがあったし、そうさせるほどの魅力が最愛の幼馴染にはあるのだと、愛音は誇らしくもあった。
そんな彼が季詠以外の女――御言を好いていると知り、終業式の日に問い詰めたのだが、返ってきたのは否定の言葉だった。
(かなり慌てた感じで否定してたからな。図星を突かれて焦ったんだろ)
それを愛音はこう分析する。
(ふーみんのヤツ、二人の女を同時に好きになることに負い目を感じてるんだよな。フラれてもキョミのことはまだ好きで、でもミミのことも気になる。そんな軽薄な男だって周りに知られたくないから、積極的になれないし、アタシにも嘘をついた)
恋のライバルとしては相手にする価値もない弱者。
愛音は詞幸をそのように認識しており、本来ならば気に留める必要もない。しかし、
(キョミに限ってアタシよりも男を優先したりはしないだろうが――ましてや相手がふーみんなんてありえないだろうが――万が一ということもある。アタシの誕プレを買いに行くためとはいえ、二人きりで出かけたほどだからなー)
これから二人の仲が進展するような可能性はなるべく排除しておきたかった。
(となれば、ミミとふーみんが付き合うのが平和的解決になるよな!)
詞幸は友人としては普通にいいヤツであり、御言にもその気がありそうだとあれば、二人の恋を応援するのに妨げはない。
(うーん、なんとか上手いこと二人をくっつけられないもんかなー……)
そう悩んでいたところ、季詠が中学の頃の学友と出かけると知ったのである。
(これは使えるぞ!)
愛音は季詠が自分を置いてほかの女と仲良くすることに少なからず嫉妬心を抱いたのだが、それはそれとして、頭に浮かんだ企みを実行すべく動き出した。
まず、詞幸に連絡を入れて予定を確保。よほど暇だったのか、すぐにOKの返事が来た。
次に御言への連絡。このとき、『ふーみんがミミと映画行きたいって言ってたぞ』と嘘の情報を交え、男女交際に厳しい上ノ宮家のお嬢様とただの男子高校生の仲介役としてやり取りをする。幸いにして御言もすぐに快諾してくれた。
季詠の外出を知ったのが前日だったため、突貫の急な計画だったが、下準備は完了。
(にひひひひっ。これでミミとふーみんの距離を縮めつつ、キョミのふーみんへの評価を下げることができるぞ!)
――作戦当日。
愛音は長い髪をキャップの中に収め、サングラスをかけた。父親の物を勝手に拝借したのだが、大きすぎるようですぐにずり下がってしまう。
(まーいいだろう。むしろこのくらい不釣り合いな方が変装には合ってるもんな)
そう、彼女は事の成り行きを見届けるため、デートの尾行をすることに決めたのだ。
待ち合わせ場所に先回りし、物陰から様子を窺う。
(にひひっ、ふーみんが狂喜乱舞してるぞ! アタシが来るかと思ったらミミが来てくれたんだもんな! どうだアタシのサプライズは!)
自分の気持ちを認めない詞幸ではおせっかいを受け入れないだろうと思い、御言が来ることを伏せておいたのだが、効果は抜群だった。
(いくらふーみんがアホでも『あれ? 今日来るのは愛音さんじゃないの?』なんて空気の読めないことは言わないだろう。ミミが来てくれたことの方が断然嬉しいはずだからな!)
映画館の中でも後方の座席から二人を見守っていたのだが、このとき問題が発生していた。
(キョミが来てない!)
本来ならば上映時間前に鉢合わせして、『へぇー、月見里くんって御言とデートするような関係だったんだぁー。先月私に告白したばかりなのに。ふぅーん』と季詠の詞幸への印象を悪化させる計画だったのだが。
映画が終わったあと人の波に乗れずシアターから出るのに遅れてしまい、二人を見失ってしまったのも痛手だった。そのせいで重要な場面を見過ごしたのである。
予定より遅れてやってきていた季詠が入場口にいたので身を隠しつつ切り抜け、二人の姿を探す。見つけたときにはもう、遠目からでも御言たちがなにやら険悪なムードになっているのがわかった。
(おいおいアタシがいない間になにがあったんだよ!)
季詠と遭遇した結果なのかそうでないのかもわからず、とにかく引き離されないようにする。
しかし、慌てて追いかけてきたせいで身を隠すこともできず結局御言に見つかり、一度は見逃されたものの、挙句の果てにはこうして捕まってしまったのである。
「よ、よう、ふーみん……」
御言の横に立ち、居心地の悪さを感じながら、愛音は変装用のサングラスを外した。
(ふーみんが『なんでお前がここにいるんだ?』って感じの凄い顔でアタシのこと見てる!)
詞幸は大きく目を見開き、座ったまま微動だにしていない。
(デートの邪魔したのは悪かったけどお膳立てしたのはアタシだぞ!? そんな怒るなよー……そんな顔でアタシを睨むなよー……)
愛音は詞幸の視線に耐え切れず、顔を背ける。
しかし、彼女にはわかるはずもないが、怒るどころか詞幸の胸中はこうなっていた。
(ななななんで愛音さんがここにいるのおおおおおお!? うっわメッチャ嬉しい! 嬉しすぎてヤバい!! ヤバいくらい嬉しいいいい!!! 約十日ぶりの生愛音さんだよおおおッ! はああぁぁぁ――いつもの髪型も可愛いけどキャップ被ってるのも可愛いなあああぁぁぁ――)