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第106話 これはデートですか?⑥

「ちょっと待ってよ上ノ宮(かみのみや)さんっ」

 映画の上映時間が迫っていた季詠(きよみ)と別れたあと。

 西に傾きかけた太陽の下で、詞幸(ふみゆき)はずんずんと早足で歩を進める御言(みこと)に置いていかれそうになっていた。

「俺知らなかったんだよ、そんなに今日を楽しみにしてたなんてっ」

「別に楽しみになんてしていません!」

 日傘をさした後ろ姿からは彼女の表情を窺い知ることはできない。しかし言葉には棘が生えており、見るまでもなく容易に想像できた。

「さっきのは詞幸くんをいつもみたいにからかうためにショックを受けたフリをしただけです! いちいち真に受けないでください!」

「でも…………だったらなんでそんなに怒ってるのさ」

「怒っていません!」

 ツンとした態度で彼女は振り向きもせず答える。

「どう考えても怒ってるじゃないか……」

 わけがわからない。

 謝っても取り合ってもらえず、理由を聞こうにもはぐらかされ、言質を取ったと思いきや否定される。

 彼女の心はまるで雲のように掴めない。

 季詠はなにか察しているようだったが、答えはおろかヒントも教えてくれなかった。

 原因がどこにあるのかわからず、詞幸はただただ困惑するしかなかった。

「俺がデリカシーに欠けることを言ったなら謝るよ。だから、なんで怒ってるのか教えてよ」

「しつこいです! その話はもう終わりにしてくだ――」

 と、振り返った御言は、

「――あら?」

 怒りを引っ込め、詞幸の方を見て小首を傾げた。否、正確には詞幸の後方を見て、である。

「ん? なにかあるの?」

 つられて詞幸も振り返ろうとする、が。

「駄目です!」

「いいぃっ!?」

 手をグイっと引かれて無理矢理に正対させられた。御言は日傘を持っているので空いている方の腕一本で、だ。その細腕のいったいどこにそんな力が秘められているのだろうか、詞幸の手はミシミシと悲鳴を上げている。

「ねえ痛いってば! 放してよ!」

「いいえ、放しません! 放したら振くでしょうっ?」

 ぎゅうううぅっと万力のごとき力で締められる。

 御言の手によって、詞幸の手が。

 それは御言が詞幸の手を握っている状態であり、勿論、言うまでもなく当然のことながら、それは肌と肌が接触していることを意味している。

「あっ…………」

 白く透き通ったその頬がみるみるうちに朱に染まっていく。

「~~~~~~~っ…………あの、手を放してもいいですか?」

「いや、上ノ宮さんが俺の手を放したくないって言ったんじゃ――」

「そんな風には言っていません! 誤解を生む表現はやめてください!」

 声を上げたあと、彼女は恥じ入るように俯いた。

「ううう…………今日のわたくしは大声を張り上げてばかり……。なんてはしたないのでしょう……。ですが、どうしても詞幸くんに後ろを見られるわけにはいかないのです!」

「え、なになにどういうことっ? なんか凄く気になるんだけど! 後ろになにがあるの!?」

「なにが、と聞かれても言いづらいですね――」

 御言は言葉を選ぶように宙に視線を彷徨わせてからこう言った。

「“ある”と言うより“いる”のです」

「やだやだなにその表現怖い! 怖い話はやめてよね! いくら夏真っ盛りで怪談シーズンだからってそんな――」

「貴方のドッペルゲンガーが!」

「ドッ――!?」

 ドッペルゲンガー。

 ドイツ語で《二重の(doppel)》《歩く者(gänger)》と名付けられたそれ(・・)は、『もう一人の自分』、『自分の生霊』とも考えられる自分そっくりのなにか(・・・)であり、心霊現象としてとても有名な存在だ。特徴的なのはその性質であり――

「それって見たら死んじゃうっていう、あの!?」

 その自分の分身を見た者は命を落とすというのだ。

「じょっ、冗談でしょ…………?」

 薄ら笑いを浮かべる彼の声は震えていた。

「わたくしも単なる都市伝説だとは思います。でも、詞幸くんの後ろにいる()は顔の作りから服装まで本当に瓜二つなのです。そんな眉唾物の話を信じてしまいそうなほどに…………」

 その瞳に真剣な色が宿っているのを見て、詞幸は顔から笑みを消した。

「詞幸くん、わたくしは手を放しますけど、絶対に後ろは振り向かないでくださいね?」

 丁寧にゆっくりと言い含めるようなその言葉に詞幸はコクコクと頷く。

 かくして、二人は並んで歩きだした。生ぬるい視線を背中に受けながら。

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