第105話 これはデートですか?⑤
「面白かったですね。驚くくらい絵も綺麗でしたし」
人の波に乗り、御言と並んでシアターから出ていく。
「うん、前評判どおりいい映画だったよね。スクリーンに引き込まれちゃったよ」
詞幸は彼女に笑顔を向けるが、しかしその感想には嘘があった。
(本当は全然集中できてなかったんだけどね!)
彼からすると、本来であれば愛音とデートのはずだったのだ。それがこのような事態になってしまい、その諸悪の根源や今後の対応についての煩悶、必死で組み立てたデートプランがぽしゃったショックなど、あれやこれやが裡で渦巻いてしまい映画どころではなかったのである。
しかしそれをおもてに手に出しては御言に悪いと、詞幸は当たり障りのない感想でお茶を濁すしかなかった。
「こう、なんていうか――中盤以降の盛り上がりが凄かったよね」
「はい、確かに。それとあと、えーと……主題歌とBGMも素晴らしかったですね」
もっとも御言も内容の半分も頭に入らなかったので、二人の会話はぼろを出さないように具体性を欠いた、非常にふわふわしたものとなった。
そんな、談笑とも呼べない探り合いを演じていたときである。
「あれ? 月見里くんに御言っ?」
「え――帯刀さん?」「あら、季詠ちゃん」
グッズ売り場の前で、部活の仲間である帯刀季詠と遭遇したのだ。
彼女は目をまん丸くして、詞幸と御言を見比べるように何度も視線を往復させている。
「こんなところで奇遇だね。帯刀さんはなに見に来たの?」
そう問うと、季詠はアニメ映画のタイトルを口にした。
「それならわたくしたちも二人で見てきたところです。確かに季詠ちゃんが好きそうな恋愛要素が多いですものね」
「そうなんだ、二人で。私は中学のときの友達と来たの」
季詠が振り返った先には3人の少女がいた。グッズを吟味していた手を止めて彼女たちが振り向く。その中の一人に「なに、友達?」と聞かれ、「うん、高校の」と季詠が応じる。「ちょっとそこで話してるから、ごめんね?」「ほいほーい」と軽いノリで少女たちはグッズの物色を再開した。
季詠が再び口を開いたのは、彼女たちの意識が離れたのを確認するように間を開けてからだ。
「珍しい組み合わせだね」
その声はいつもより低い。
「どういうこと? 月見里くん。きみはどうして御言とデートしてるの?」
「えっ、それは…………」
糾弾めいた問いかけをされて答えに窮してしまう。状況は複雑であり、簡単に説明できるような性質のものではないのだ。
「どうなの?」
「ちょっと待ってくださいっ。季詠ちゃん、これはデートなどではありませんっ」
御言が早口で割って入る。
「普通に考えればわかることです。わたくしが詞幸くんとデートするわけないではないですか。今回はたまたまわたくしが暇を持て余していたからお付き合いしていただいただけでそれ以外の意味も意図もありません。ただ一緒に映画を見ただけです。詩乃ちゃんならば『男女が一緒に出かければそれはデート』だとでも言うのでしょうがわたくしたちには当てはまりません。繰り返しますがこれはデートではありません。断じてデートではないのです! わかりましたか!?」
その切実なまでの気迫に圧され、季詠は「うん、わかった……」と首を何度も上下させる。
だが、話はそこで終わらなかった。
「でも、季詠ちゃんのいまの質問はおかしくないですか? まるでわたくしが詞幸くんとデートしてはいけないように聞こえましたが」
「そ、そういう意味じゃなくてっ……だって月見里くんは愛音のことが――」
「ご自分はデートしておきながら、わたくしがするのは許せないのですか?」
季詠の顔が瞬時に赤くなる。
「あああのときのことは関係ないでしょっ? あれはデートとかそういうのじゃなくてちゃんと理由が――って月見里くんも黙ってないでなにか言ったら!? 私はきみの行動を咎めてるんだからね!?」
「ですから咎めるというのがそもそもおかしいのです! 詞幸くんも反論してください!」
「は、はいっ、すみません!」
詞幸はピンと背筋を伸ばし、手を体の横にピタリとつけた。そのまま軍隊式の敬礼をしそうな勢いである。
だが、続く言葉は歯切れの悪いものだった。
「えっと……今日のこれはなんというか、説明がしづらいんだけど……上ノ宮さんと遊びに来たことは事実なんだけど…………二人っきりなんだけど………………ぎりデートじゃない、みたいな?」
「ひっ、酷いです、詞幸くん…………っ」御言が口元を押さえる。「わたくしが今日誘われてどれだけ楽しみにしていたかも知らないで――季詠ちゃんとのショッピングはデートなのに…………わたくしとの映画はデートではないと言うのですか……?」
「えええッ!? だってさっきデートじゃないって必死に否定してたよねッ!?」
「月見里くん、いまの発言は最低だよ! 自分から誘ったのにデートじゃないなんて――私、きみのことそんなこと言う人だと思ってなかった!」
「えええええッ!? どう答えるのが正解なのおおおおおおッ!?」