第104話 これはデートですか?④
二人が選んだのはアニメ映画だった。内容に恋愛要素を多く含んでいるということで――学生にとっては夏休みだが世間は平日ということもあり――シアター内には若いカップルが多く見受けられた。
映画のチョイスは御言の希望によるものである。
彼女は詞幸と映画を見に行くと決まった段階で上映中の映画からカップルが好んで見そうなものをピックアップ。レビューまで確認し、この映画を選定した。
(男女で映画を見る場合はその内容よりも気分を盛り上げることに重点が置かれるもの。その点この映画は青春真っただ中な男女の恋模様が描かれるという、恋心を刺激するのにはまさにうってつけの作品! さらに周囲の雰囲気からもわたくしのことを強く意識せざるを得ないはず! 当初の作戦は頓挫してしまいましたが、映画で気持ちが昂った詞幸くんがそのまま手を握りにくるという展開も悪くはないですからね! さぁ、どんと来なさい!)
というのが、上映前の彼女の意気込みだった。
しかし――
(上映開始からもう1時間。折り返しは過ぎました。なのに、なのになのになのに!)
詞幸がなにもしてこない。してこないどころかこちらを向こうともしない。ただ普通に映画に夢中になっているだけである。
(だいたい誘ってきたのは詞幸くんの方なのですから、なにかしらそういうアプローチがあってしかるべきではないのですか!?)
彼女の胸中は穏やかでなかった。悶々とした気持ちが渦を巻き、意識がそこから抜け出せないのだ。
詞幸のことばかり気にしてしまい、映画の内容がまったく頭に入って来ないのである。
(はぁ……まさか詞幸くんがここまで朴念仁だとは思いませんでした。いえ、まったく気にしていませんけれど。まったく期待していませんでしたけれどっ)
それは肘掛けに手を置き、体勢を変えようとした一瞬の出来事だった。
不満をぶつけるように、御言はシートに深く座り直したのだ。
そのとき。
ピトッと。
触れ合ってしまう――手と手。
「っ!?」
御言は声を上げそうになってしまったのだが、それをすんでのところで飲み込んだ。
意図した行動ではない。不慮の事故だ。そこに手があるなんて思いもしなかった。
それは詞幸も同じだったのだろう。彼は一瞬驚いた顔をして、声は出さずに口だけを動かした。
『ごめんね』
唇の動きでそう言ったのがわかった。そして詞幸はスクリーンに向き直ってしまう。
(な、なんで落ち着いているのですか!? いまのはドキドキに胸を押さえてみっともなく赤面してわたくしへの思いを強くする場面の筈でしょう!?)
期待したような反応を彼が一切見せてくれなかったことが悔しくてならない。
でもこれで良かったのだと御言は胸を撫で下ろす。
すぐ前を向いてくれて良かった、と。
胸を押さえて赤面するみっともない自分に彼は気づいていないのだから。