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第103話 これはデートですか?③

『ふーみんがミミと映画行きたいって言ってたぞ』

 と愛音(あいね)からの連絡を受けた御言(みこと)からすれば、今日は詞幸(ふみゆき)からの誘いに応じただけであり、彼が内心で計算外の事態に大きな衝撃を受けていることなど知る由もなかった。

(急なお誘いでビックリしましたけれど、今日のお稽古は午前中だけだったのが僥倖でした。いえ、わたくしは全然楽しみにしていませんでしたけれど。お断りするのも詞幸くんが可哀想だからお相手してあげるだけで、わたくし自身は全然楽しみではありませんでしたけれどっ)

 今回の外出については架空の『詞華(ふみか)』という学外の友人をでっち上げて親に説明している。幸いにして愛音は『ふーみん』という呼称しか使っておらず、もし父親にスマホの中身を精査されても男と密会しているとは気づかれないだろう。

 メッセージをまるごと消去するという方法もないではないが、友人との思い出はなるべく残しておきたいのだ。

(男の子との接触は許さないなんて……まったく、お父様の古い考えにも困ったものです)

 そのせいで彼女は家族以外の男性と二人きりで出かけたことがない。内心緊張している。しかしそこは彼女が受けてきた厳しい躾の賜物というべきか、表面上はとても落ち着いていた。

「わあっ、大きなスクリーンですねっ。こんなサイズの物は初めて見ましたっ」

「え? 普通の大きさじゃない? 特別大きなわけじゃないと思うけど……」

「そうなのですか? 映画を見るときは大抵フライト中かホームシアターなもので……。クルーズ船の映画館も小じんまりしていますし、映画館の方が断然いいですねっ」

「いや……上ノ宮(かみのみや)さんの方が断然いい体験してると思うよ?」

 詞幸はそう言うが、パネル操作で行う座席の取り方も、売店のグッズやパンフレットも、薄暗い廊下でシアターごとに振られた番号も、御言にとっては初めて見る新鮮な景色であった。

 また、それらに驚きを見せると、詞幸は微笑みながら親切に説明をしてくれるのだ。

 その態度や行為自体は嬉しいし、好ましくも思う。

 しかし、それで完全に心を許したりはしない。

(わたくしはちょっとよくされただけでコロっといくような安い女ではありませんからね!)

 壁ドンされたときのことを、そしてそのときの台詞を思い出す。

 なんとも言えない火照りと共に、怒りと屈辱がふつふつと湧き上がってきた。

(一瞬垣間見えた彼の支配欲の発露、わたくしを都合のいい《2号さん》にしようという傲慢。その腐った性根、改めさせてあげます!)

 あくまでも御言の目標は詞幸をより自分に夢中にさせること――2番手の女から脱し、彼をコントロール下に置くことである。

 目的を達した後でどう振舞うかは別問題として、自分が軽んじられているのが許せないのだ。

 要はプライドの問題である。

「わたくしが奥の席でいいですか?」

 席に近づいたところで御言は機先を制した。

「うん、いいよ」

 御言たちの座席は劇場中央の大きなブロックにあり、スクリーンを正面に捉えると右側の中ほど位置する。御言が中央側、彼女の右に座る詞幸は通路側という位置関係だ。

 なんてことはない座席選び。しかしそこには御言の策略があった。

(うふふふっ、詞幸くんは右利き。狭い座席では反対側の肘掛けにしか手を伸ばせませんから、飲み物は当然左側の肘掛けに置くはず……。彼が飲み物を取ろうとした瞬間、そこにわたくしがさりげなく右腕を出すのです。するとどうなるか――)


 上映中、スクリーンに夢中になっていた詞幸が視線はそのままに紙コップへと手を伸ばし、御言の手に触れてしまう。

『わっ、ご、ごめん上ノ宮さんっ、手を触っちゃってっ』

 彼の性格上、自分に非がなくても囁き声で咄嗟に謝るだろう。

 詞幸は女性慣れしていない。暗がりでも、スクリーンの光に照らされたその顔が赤いのがわかる。

『大丈夫ですよ、お気になさらないでください』

 こちらも囁き返すが、映画の音に掻き消されてよく聞こえないのか、詞幸は首を傾げる。

 そこで彼に顔を近づけ、耳元でこう言ってやるのだ。

『あなたに触れられるのは、嫌ではありませんから』

『えっ――(ドキンッ☆)』

 

(――そうすれば彼は最早映画どころでありません。顔は前を向いていても、意識はわたくしに向いたまま。うふ、うふふふふふっ、完璧な――実に完璧なプランです!)

 脳内でのシミュレートを終え、腰を落ち着けた御言はにこやかに振り向いた。

「どうぞ詞幸くん、こちらの肘掛けをお使いください――って、あら?」

 疑問符が付いたのは、詞幸が自身の右側の肘掛けにカップを差し入れていたからだ。

「詞幸くんは右利きでは?」

「いや、そっちは上ノ宮さんが自由に使っていいよ。俺はこっちのを使うからさ。横は通路だし、こっちの方が気兼ねなく使えるからね」

「あ、ありがとうございます……」

 反射的に言ってしまってから、御言は己の過ちに気が付いた。

(ありがとうではありません! なにを素直に気遣いを受け入れているのですか! もう、わたくしの馬鹿馬鹿! これでは計画が水の泡です……)

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