第102話 これはデートですか?②
「うふふふっ。お恥ずかしながら、気が急いてしまって約束の時間よりも早く来てしまったのですが――詞幸くんの方が早く来ていたみたいですね?」
御言はニコニコと満面の笑みを浮かべ、レースで豪奢に飾られた日傘を畳んだ。
白のワンピースを着た彼女は照り返す光で輝いていた。腰の上で細いベルトを巻き、ゆったりとしたアウターと小さめのハンドバッグが、彼女の姿をいつにも増して上品に、より大人っぽく見せていた。
「………………」
しかし、詞幸に御言のファッションを細部まで観察する心の余裕はなかった。
(なんでここに上ノ宮さんがああああぁぁぁぁぁぁッ!?)
噴き出す汗は暑さのせいだけではない。状況が理解できず、頭の中は思考がごちゃごちゃにかき乱されていた。
「あらら? どうしたのでしょう、固まってしまって。もしかして――うふふっ。わたくしに見惚れてしまいましたか?」
下から覗き込むように御言が一歩近づく。ほのかに甘い芳香が鼻腔をくすぐった。
「う、うん、そうなんだあ~。とっても似合ってるよ……。実は俺も楽しみすぎて早く来ちゃってさあ……」
内心の焦りを表に出さないよう、ぎこちないながらも笑顔で応じる。
(ええええええっ…………愛音さんと二人っきりじゃないのお!?)
御言は詞幸の反応のおかしさに気づいたのか若干首を傾げたが、それでもその笑みが絶えることはなく、どこか興奮した様子で話した。
「それにしても考えましたね、詞幸くん。直接連絡するのが危険だというのは素晴らしい判断です。わたくしのスマホは抜き打ちでお父様の検閲が入る可能性がありますからね。男の子と逢引きの約束をしていたと知れたら大ごとです。しかしそれも、女の子の仲介役を挟んでいれば安心です」
「…………ん?」
その言葉を聞いた途端、嫌な想像が頭の片隅をチリリと掠めた。
「? どうしたのですか、詞幸くん? さきほどからなんだか様子が…………はっ、もしかして熱中症ですか!? いけません、このようなところに立っていては! 早くお水を飲んで涼しい所に――」
「ああごめんごめん、全然そういうのじゃないから。心配かけてごめんね?」
「……本当ですか? 無理はしないでくださいね?」
なおも心配そうに見つめる御言を安心させるように笑いかけ、詞幸は頭の中の嫌な想像へと手を伸ばした。
いや、想像などではない。御言が目の前にいるのがその証左であり、当の御言も答えを口にしていたではないか。
ただ、確認するのが怖いだけだ。
御言に。そして、主犯の人物に。
――ヴッヴッ。
そのとき、スマホが震えた。いつの間にか手の中で握り締めていたそれは、汗でじっとりと濡れていた。
新着のメッセージ。
愛音からだ。
まるで心の中を覗かれているのではないかというタイミングである。湿った指で恐る恐るメッセージを開く。
『ごめんな、ふーみん。私は急用で行けなくなった
代わりにミミとのデートを楽しんでくれ!
礼はいらないからな! 幸運を祈る!』
(ああああ愛音さああああああああああああーーーーーーーーーーん!!!)
嫌な想像のとおり、罠にはめられたことを嘆く詞幸であった。