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第100話 メランコリック・サマーバケ―ジョン

 夏休みが始まって約1週間。詞幸(ふみゆき)は、

(夏休みなんて滅びろおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!)

 自室で呪いを振り撒いていた。

(くおおおおぉぉぉぉぉ! 愛音(あいね)さんに会いたい! 愛音さんに会えないなら夏休みなんてなくなっちゃえばいいんだあああああああぁぁぁぁ!)

 学期中ならば土日の二日間、祝日を挟んだとしても大抵は三日間も我慢すれば学校が始まる。

 期間が短くとも彼が愛音に会えない苦しみを感じていないわけではなかったのだが、それなのに今回はすでに1週間。

 彼の精神は崩壊寸前だった。

(愛音さんに会いたい愛音さんにふーみんって呼んで欲しい愛音さんの笑顔が見たい愛音さんの声を聞きたい愛音さんに見つめられたい愛音さんを見つめたい愛音さんに罵倒されたい愛音さんに見下されたい愛音さんに叩かれたい愛音さんに食べられたい――)

 床の上を左右に転がり、終わることなく続く責め苦に必死に耐える。

 だが、そうしても事態は好転しない。ただただ床面を転がるゴロゴロという音が虚しく響くだけある。

(会いたい…………会いに行こうかなあ)

 しかし、詞幸は彼女の家を知らない。

帯刀(たてわき)さんに聞いてみようか……)

 だが、アポイントもなしに家に行くことを帯刀季詠(きよみ)はよしとしないだろう。

(結局、俺が愛音さんと約束して会いに行くしかないんだよなあ……)

 それでも、彼の心には決断を後押しする勇気が湧いてこない。

(『一緒にどっか遊びに行かない?』とか『いまから会えないかな?』とか連絡すんの? いやいやいやいやいや! それハードル高すぎでしょ! それもう『好きです』って言ってるのと変わらないからね!?)

 そして、思考が振り出しに戻ってしまうのだ。

(でもなあ……会いたいなあ)

 この堂々巡りを彼は幾度も幾度も繰り返している。

縫谷(ぬいや)さんならストレートに誘うんだろうなあ……)

 気になった相手とはとりあえずデートをして人となりを見極めるという少女のことを思い浮かべる。彼女のように経験豊富ならば、デートにどう誘うかというスタートラインから悩んだりはしないだろう。

 けれども、彼女に助言を求めることはできない。愛音の気持ちがわからないのに詞幸の恋を応援することはない、と明言されているのだ。

(いっそのことみんな誘っちゃうのはどうだろう? 『話術部で映画でも行かない?』とかいう名目で――なんか、みんなを利用してるみたいで気乗りしないなあ……)

 こうしてみると自分は上手な話術を一つも使えないんだなあ、と詞幸は自覚した。自分はどちらかと言えば口車に乗せられる方だ、と。

 そう、自身の拙さに諦観したときだった。

 ――ヴッヴッ。

 ローテーブルに置いていたスマホが振動し、詞幸は慌てて飛び起きてそれを引っ掴んだ。もし愛音からの連絡だったらすぐ返信しなくてはいけないからだ。

 といっても、夏休みに入ってから彼女とやり取りしたのは二言三言だけで、それも他愛ないネコ画像への感想だけだったのだが。

「ほわああああぁぁぁぁぁッ!?」

 しかし、今回は違った。画面を見るや詞幸は奇声を発し、思わず立ち上がった。

 メッセージの送り主は愛音。

『明日暇なら映画にでも行かないか?』

 絵文字も顔文字もない、用件のみの無味乾燥とした文章。しかし詞幸にとってはどんな金言よりも価値のある言葉だった。

「――――――――――」

 あまりのことに一瞬意識が遠のいた。

「――ほ、ほばあぁっ!(はっ、そうだ返事!)」

 語彙力も喪失していた。

 意識が頭のてっぺんから突き抜けたような感覚のまま、詞幸は逸る気持ちを抑えきれない指で文字を打つ。

『行く増し!』

 間違えた。

『行きます!』

 慌てて送り直し、既読マークが付いてからなかなか返信が来ないのをそわそわと待ち続ける。

 それはたった数分間のことだったが、彼にとっては数十分にも数時間にも感じられた。

 やがて返ってきたメッセージには、場所と時間のほかに、こんな言葉が添えられていた。

『時間には絶対遅れるなよ! あとちゃんとおめかしして来ないと許さないからな!』

「ふひょっ、ふひょおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」

 昂る感情を抑えきれず、詞幸はクッションをギュウゥッと抱きしめる。

「んぶああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁッ!!!」

 ゴロゴロゴロゴロッ! ゴロゴロゴロゴロッ!

 寂しくても嬉しくても、詞幸が1日中床を転がっていることに変わりはなかった。

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