第9話 チョロイン
「実は――」
愛音の仕草に萌えまくっていた詞幸は、季詠の冷めきった視線によってトリップ状態から還ってきた。そして、恋を応援すると言ってくれた彼女に昨日の出来事を説明することにした。
『キョミはアタシの嫁だッ! 他の誰にも渡さないからなッ!』
伝えて良いものか迷ったが、包み隠さずにすべてを。
「もう、あの子ったら…………」
それを聞いて季詠はポッと頬を赤らめて照れ隠しのように顔を俯ける。口の端が弛んでいて、どうもまんざらでもないらしい。
詞幸が覗き込むよう見ていると、季詠はハッとその視線に気づいて短く咳払いを挟んだ。
「な、なにはともあれ、誤解を解くにはまず話をする環境を整えないとダメよね。今日も一緒にお弁当を食べる流れになればいいんだけど――」
――四時限目終了。
礼を終えると同時に詞幸は振り返り、季詠のアドバイスを実行に移す。
『少し強引だけど、すぐに机を向かい合わせにしちゃうのはどう? 有無を言わせず一緒に食べざるをえない状況を作っちゃうの。そうしたら私が説得するから』
だが、机と共に90度ほど回転したときだった、
「さ~てキョミ。仲良く二人っきりでお昼にするか」
“二人っきり”の部分を殊更強調して言われ、詞幸は心臓を直接殴られたかのような衝撃を感じた。
(うおぉぉッ、これはキツい! 心がポッキリ折れてしまいそうだ!)
しかし、その威力に一歩後ずさりながらもなんとか踏みとどまる。顔を上げると季詠が気遣う視線を送っていた。
(ありがとう帯刀さん。でもっ、君を頼るのはもう少し頑張ってからだ!)
「あ、あの……愛音さん?」
それは胸中の熱さとは裏腹に弱々しく、言葉を選びながらの遠慮がちな提案だった。
「……からあげクン買ってきたんだけど……良かったら、一緒に食べない?」
「ん……」
愛音は差し出されたコンビニの袋に一瞥をくれるも、フンッと鼻を鳴らしてそっぽ向いてしまう。
「ば、馬鹿にするなよッ。アタシがいくら唐揚げが好きだからって、食い物で敵に懐柔されるほど落ちぶれちゃあいないッ」
ちらちらと視線をビニール袋に泳がせながらの抗弁だった。
「折角二つ買ってきたのになー。11種類のスパイスが食欲をそそるからあげクンレッドと、変り種の濃厚マヨネーズ味なんだけど――」
「おいキョミ、ふーみん、なにをボサッとしてるんだ! 早くからあげク――じゅるりっ、もとい、お昼にするぞ!」
「…………食べ物に釣られるなんて……はぁ、愛音の将来が心配だわ……」
頭痛を抑えるように額に手を当てて首を振る季詠に、釣った張本人の詞幸も共感せざるをえなかった。