もともと最強能力者異世界攻略
「お前煙草臭いな。言っただろ。俺は煙草が嫌いだと」
「だから吸ってないだろ。お前の前では一切!」
「煙草の残留物も有害なんだぞ。これを三次喫煙と言う。副流煙と同様に問題視される健康被害だ」
「そんなデマに流されてんじゃねぇよ。そんなもん煙草の臭いが嫌いな奴がついた嘘だよ。もし煙草の臭いがスイートピーの香りだったら、そんなデマ流れてねぇ」
「デマじゃない。だいたい副流煙には有害物質が多く含まれている。それが付着した服が有害じゃないわけないだろ。ようするにお前は歩く有害物質ってわけだ」
「はいはい。わかりましたよ。お前にグチグチ言われるとニコチンが切れる」
風間と明智の二人は冒険者ギルドに向かう。突然違う世界にやってきた二人は、この世界での身分証明書を発行するため、冒険者登録をしに行く予定だった。
「で、何かわかったことはあんのかよ」
明智はどうせこいつのことだから、必要以上の情報を集めているんだろうなと予想し、成果を聞き出す。
「ああ。まずこの世界は俺たちのいた世界とは全く違うようだ。元の世界に戻ることは不可能だろう」
風間は特に表情を変えることなく淡々と言った。能面の口だけが動いているような。不気味とすら思える様相だ。
「そしてこの世界には独自の能力体系がある。俺達の使う『異質』とは異なる能力、『魔法』が存在する」
「魔法だぁ? あの火の玉飛ばしたりするやつか!」
「実物を目で見たことは無い。魔法と言うからにはそうなんだろう」
明智は風間の話を上機嫌で聞いていた。元いた世界では、問題児を集めて形成された組織。異質特殊殲滅部隊に属していた。そんな戦闘と無秩序をこよなく愛する明智からすれば、未知の脅威である魔法は心躍る要素のひとつだった。
「そして俺達のいるこの街は、マーラリア王国の第二都市セントバルトと言うらしい」
「マラリア? 蚊に刺されたら伝染するやつか?」
明智はいよいよ楽しくなってきた。風間は明智の茶化しを何も無かったかのように無視し、続けた。
「そしてマーラリア王国の都市間の関所を通るには身分を証明しないといけない。だから今から冒険者登録に行く」
「冒険者には身分証明できなくてもなれるのかよ。履歴書なしの就活ほど怖いもんはねぇだろ?」
「その点は大丈夫だ。そもそも冒険者はゴロツキみたいなものだそうだ。誰でも職業として名乗れる」
いちいちこの世界は俺のツボをおさえてくる。明智は風間の説明ひとつひとつに魅力を感じた。ゴロツキが仕事として認められる世界。見たところ文明レベルはせいぜい中世と言ったところか。まともな法もないであろう世界に、無限の誘惑。今すぐ冒険者というものになって、好き勝手してやろうと。明智は踊り出しそうになる。
「冒険者はいわゆる何でも屋のような仕事みたいだ。俺たちのいた世界の冒険家同様、未開地域の探検、調査なども行う」
「何でも屋ねぇ。それは面白くなさそうだな。俺は昔からこき使われてきたからな。パシリみたいな仕事はもう懲り懲りなんだよ」
「お前からしたらパシリみたいな仕事だったのかもしれないが、国の命運を左右するような重大な仕事だ」
これには風間も流石に呆れた。明智がパシリ(重大な任務)を終え、消滅した小国家があったことを覚えている。
「多い仕事としては、貴重な素材の採取とボディーガード、そして危険な魔獣の駆除だそうだ」
「なにっ!?」
風間の説明を聞いた明智は今度こそ飛び上がった。
「何ボケっとしてんだ! はやく冒険者ギルド行くぞ!」
「俺は今すぐにでも元の世界に帰りたいと思っているんだが。お前はそんなこと微塵も考えてないみたいだな」
「当たり前だろ。絶対魔法少女リリーの名言に、自分を愛してくれる世界で生きろってのがあるんだよ」
「お前がそのリリーとかいうアニメが好きなのは知ってるが、本当にそんなこと言ってるのか? タイトルと名言が乖離している気がするんだが」
決してお互いの顔は見ず、二人は噛み合っているのかわからない会話を続けた。
「はい、冒険者登録ですね。こちらの登録用紙にお名前と血を一滴垂らしてくださいね。文字が書けないようでしたらお申し付けください」
冒険者ギルドに到着した二人は、早速冒険者登録に向かった。ギルドはかなり大きく、この街の建物の中では豪華な部類にあった。
明智は登録用紙を見つめる。
「なんでか知らねぇが文字は読める。でも書けねぇなこりゃ。代わりに書いてくださいなんて屈辱だわ」
異世界の言語は聞き取れる。そして読むことも出来たが、書くことは出来なかった。まさか生きているうちに文字が書けないので代筆してくださいと頼むことがあるとは思わなかった。
「ほとんどの冒険者さんは文字が書けないので気に病むことはありませんよ! ではこちらに血をお願いします」
ギルド職員の女性が笑顔でこたえ、小ぶりなナイフを渡してくる。風間と明智は人差し指にナイフをあてがい、血を一滴登録用紙に落とした。すると登録用紙が鈍い輝きを放ち、すぐに収束する。それを見たギルド職員は怪訝な顔になる。
「……えっと、魔法適正がないのですが、本当に冒険者登録を行いますか?」
風間は予め冒険者のことについて調べていた。魔獣との戦闘やボディーガードを引き受ける彼らは、ある程度の実力が無いとやっていけない。この世界で言う実力とは魔法。魔法適正の無い冒険者など存在しない。
「構わない」
風間はそれだけを言うと、冒険者登録の窓口から離れていった。
「なんで依頼受けなかったんだ?」
風間と明智は路地裏を歩いていた。
「俺は魔獣のことをまだ調べられていない。俺たちの手に負えない相手ではないだろうが、用心するに越したことはないだろう」
「俺らがやれることなんてそうそうないだろ。お前は慎重すぎるんだよ。だいたいこの前の任務の時も」
明智は言葉を中断し、立ち止まる。
「かなりのもんだな。これも魔法ってやつか?」
「だろうな。俺たちがここまで接近を許すとは」
風間と明智の前には四人の男たちが待ち伏せていた。上背は二人よりもある。隆起した筋肉が威圧感を与える。
「よう、適正無しのゴミ」
男たちの中でもひときは大きな男が前に出た。
「お前らみたいなゴミは冒険者になれねんだよ。なんでかわかるか? なる前に死ぬからだ。特に金になりそうな奴ほど死んでいく」
男は明智の着ている外套の下、異質循環強化武装を見て下卑た笑みを浮かべる。
「だから言っただろう。武装を見られないようにしろと」
風間も男と同じく、明智の着ている武装を見て呆れる。
「いいじゃねぇか。ちょうど欲しかったんだろ情報」
「ああ。確かにそうだな。怪我の功名。よくやった明智」
風間は渋い顔をして明智を睨んだ。明智はニヤリと笑った。
「じゃあよ。俺がやってやるよ。異質を感知できねぇから、あいつらの実力はわからないが、まあ負けたら負けただ。この世界がより面白くなるだけだろ?」
「何ごちゃごちゃ言ってんだ! ゴミは怯えて縮こまってればいいんだよ!」
男が叫ぶと同時に、後ろに控えていた三人の男たちが明智に殺到する。手には片手で振り回せるほどの剣を持っている。
明智は我先にと飛び込んできた男の横薙ぎに振るわれた斬撃を身を屈め躱す。襲いかかった後、体勢を崩した男の右脚を払うと、男はそのまま地面に尻もちを着いた。明智の異質循環強化武装が薄紫色に鈍く光る。地面に倒れ込む男の顔面に右手をかざすと、頭部が爆散した。
その光景を見た後続の二人の足が止まる。
「おいおい。なにやめちゃってんだよ。いい動きしてるぜお前ら。異質循環でもさせてんのか?」
明智は爆発とともに飛び散った返り血を手の甲で拭く。
「なんだ今のは! あんな魔法見たことねぇぞ! 魔力適正が無いってのは嘘なのか!?」
明智と部下の戦闘を見ていたリーダー格の大男が困惑を顕に吠える。この男たちに魔力適正が無いということは、ギルド併設の酒場で聞き耳を立てて確認している。
「これは異質ってんだ。んでお前の欲しがってたこれは異質循環強化武装で」
「明智」
目の前でべらべらと異質のことを話す明智。本当にこいつはどうかしている。いつかの任務でも敵に自身の能力を教え、あやうく死にかけることがあった。明智は闘いを楽しむためなら、自身に不利に働く情報でさえも提供してしまう。
「わかってるよ。でもいいだろ? 初めてこっちの世界で喧嘩できて最高の気分なんだよ。それに、あんなにいいリアクションされたらな。あっ、そういう作戦なのか! あのデカ男、見かけによらず知能派だな!」
明智はこの世界にやってきて一番の笑顔を見せている。よりにもよってこいつとこの世界に飛ばされたことが一番の不安要素だ。
「や、やれ! お前ら! 距離あけて魔法をぶち込め!」
男の指示を受けた二人は瞬時に飛び退き、前方に向けて火炎魔法・火炎球を放った。狭い路地裏に逃げ場はない。
火炎球は周囲の建物を焦がしながら明智に向かってくる。
「おい見ろよ風間! これが魔法らしいぜ! 立花と同じ感じの能力だわ!」
明智は昔の同僚の名前を挙げて喜んでいる。
「でもまあ、大したことは無いな。それともこいつらが雑魚?」
明智は前方に向け、右手をかざす。すると火炎球は見えない壁にぶつかり弾かれる。散らばった火の玉が周囲の壁を黒く焦がした。
混乱する二人の男たち。彼らからすれば、自身らが放った魔法が目の前で弾け飛んだように見える。
「潰れろ」
明智がそう呟くと、二人の男たちは見えない力に押し潰され、地面に叩きつけられた。潰された肉体はあまりの衝撃に耐えらず、人の姿を保つことさえできなかった。
「お、おい…どうなってんだ」
リーダー格の大男にもはや戦意は見られない。頭部を爆発させられた部下と潰された部下を交互に見やり、膝から崩れ落ちた。
「んじゃ、後は風間の仕事だな。俺はもういいや。絶対魔法少女リリーも一番気分のいい時にやめろって言ってたしな」
風間は路地を進み煙草を咥えた明智を確認すると、視線を大男に戻した。
「さて、この世界を俺に教えてくれ」
風間は人差し指で大男の側頭葉を突き刺した。人差し指は側脳室下角底部にまで到達し、海馬を最終目的地と定めた。
「限定異質・記憶抽出」
風間の異質循環強化武装も明智同様薄紫色に鈍く光る。すると、男の眼球が溶け落ち、身体中の穴という穴から血液が漏れだした。
記憶抽出が終わった大男は、苺のジャムのような死体へと成り代わっていた。
風間と明智が去った裏路地には、凄惨な光景が広がっていた。