07
光の粒となって消えた老婆の遺体、不思議な現象に狼狽えてイザベルの見張りを放棄し出て行く看守達。一人、ポツンと残されたイザベルの様子を伺いに、再び昨日の男がやって来た。
「あなたは昨日の……実は、向かいの牢に入れられていたお婆さんが今日亡くなったんです。眠るようにして亡くなった後、看守が遺体を運び出そうとした瞬間に光となって消えて。一時は大騒ぎだったのよ」
今日の朝起きた出来事を男に説明すると、男は空となった牢を見つめて小さく祈りを捧げた。イザベルには聞き覚えのない言語だったが、それは確かに聖なる祈りであると感じられた。
「本来ならばもっと落ち着く場所で眠りにつくべきなのだろうけど、昨日の状況では美味しい食事を最後に食べていただくのがせめてもの慰め。あの老婆は最後の時を安らかに過ごせたかな?」
「少なくとも、苦湯を飲んで亡くなるよりは、多少なりとも救いがあったのだと思うわ。しかし哀しんでばかりはいられない、明日は我が身。いえ……私は老衰では死ねず刑にかけられて死ぬのだから、同じではないけれど」
唯一の話し相手だった老婆が天に召されて、イザベルはいよいよ一人で死の恐怖に立ち向かうことになった。誰も彼女の無罪を主張しないだろうし、魔女裁判が行われた後はすぐに火炙りか水責めか、はたまた絞首刑か。
恐怖で体が震えてきたが、『精霊様、私に安らかな死を与えてください』と、いつも心の拠り所としている精霊神への祈りを行うと、少しは心に平穏が訪れた。
「さてイザベル、キミはついにこの牢獄で一人きりとなった。不思議な現象に驚いた看守達は、キミの見張りを放棄している。そして……」
男が牢の錠に手を触れるとガシャッと音を立てて、頑丈にかけられた錠が崩れ落ちた。
「えっ? 嘘でしょう……錠が、崩れて消えた」
「さあ、キミを縛るものは何もないよ。どの道、ここに居残ってはあなたは殺されるだけだろう。どうする、精霊である僕の手を取るかい? いつものお祈りのように、精霊の導きのまま……初恋の人に会いたいというキミの願いを叶えていきたいから」
格子のドアを開けて、男がイザベルに手を差し伸べる。通常ならば脱獄というのは上手くいくか分からないものだが、今は平時とは全く異なる現象が起きている。
「あぁ、菩提樹の精霊様は私を見捨ててはいなかった。ここから逃げて、私が生きていける場所があるのなら。何処へでも行きたい。やっぱり初恋の人ティエールに会いたいという願いは、とっくに聞き届けられていたのね」
イザベルは初恋の人こそやはり精霊様だったと確信し、恐れることはないとキュッと彼の手を握った。それは、イザベルが長年祈り続けていた精霊と心を結んだ瞬間だった。
「初恋の人イザベルよ、キミの手は温かい。魂が、心が優しい証拠だ。行こう、我々精霊の世界へ……」