06
――祈りの歌が、聖堂に響く。
西方の小国家バルディアは国民の大半が、教会信仰及びそれに伴う精霊信仰であり、祭日なども教会の記念日に沿ったスケジュールとなっている。特に週末は人が多く、歌のハーモニーが厚みを帯びて、小さなコンサート会場のようにも見えた。
子孫からの祈願を受け、祈り聴きの任務としてララベルと小妖精リリアが地上の教会へ降りると、ちょうど午前の礼拝の真っ最中だった。人間達には魂の存在であるララベルとリリアのことは目に見えないらしい……が、行儀良く一番後ろの席に座って歌に耳を傾ける。
「この歌は、何百年経ってもずっと受け継がれているのね。私、未来の地上は人々がすっかり信仰を失ったのではないかと不安でしたが、何だか安心しましたわ。私が死んだ後の遥か向こうにも同じ歌がある……」
「そうだね、この歌はララベルが生まれる前から、ずっと変わらない。人間は精霊や妖精よりも短い寿命を生きているけど、歌を受け継ぐことで魂が引き継がれているのを感じるよ」
過去の魂であるララベルからすると、現在の地上の様子は未来を知ることと同一である。ララベルが知る限り大体の教会は、精霊や聖人が描かれたステンドグラスを配置し、聖母の像を入り口や壇上に飾られているのが一般的だ。
しかし、その見慣れた光景にララベルがホッとしたのも束の間、突然聖堂のドアが乱暴に開けられ、祈りの歌が中断した。
ドンッッ!
「平民どもよ、くだらない精霊に捧げる歌を止めよっ! そして、正体も分からぬ聖母像を崇めるのも、今日で終わりだっ!」
怒鳴り散らしながら教会内の信者達を中傷する男たちは、制服と階級を示すバッジから察するにバルディア国家直属の役人のようだ。
「た、大変だわっリリア! 人々を悪い役人から守らないと」
「ララベル、待って。私達は魂の存在だから、お祈りを聞くことは出来ても、直接人間に介入することは出来ないの。ティエールみたいに地上でも肉体を持てるなら話は別だけど、今のララベルじゃ無理だわ。異変の内容を精霊界に報告して、介入能力のある精霊のチカラを借りないと……ララベルの霊魂だって危ないよ」
おそらく精霊界のルールではリリアの言っていることが、正しいやり方なのだろう。しかし、ララベルは過去から喚び出された人間の魂であり精霊ではない……。地上に仲介しすぎることで、霊魂が地縛霊になる恐れもある。だがララベルの知る巫女の流儀では、目の前の困っている人を優先して助けることが大事だとされていた。そうなれば、答えは一つ。
「そんな……。けど、ごめんなさいリリア、私は今目の前の困っている人を見捨てられない。風の祈りよ、あの男達の足を食い止めよっ」
ヒュウウウッッ!
過去の地上ではかなり腕の立つ巫女だったララベルからすれば、風の魔法で足止めをすることくらい簡単なことである。だが、安定感のない魂の状態で発動する魔法は、思ったよりも脆く、ただの突風が役人の背を突いたのみ。
「……チッ風が強いな。そのドア、ちゃんと閉めとけ」
「はっ……はいっ」
所詮、一介の魂に過ぎないララベルには限界があるのか、本来の風の魔法の威力を発揮できないまま、魔法は終わってしまった。
「どうして、魔法が効かないの? 人々を助けるのが、巫女なのに……どうして」
「ララベル……。とにかく今は自分に身を守って、変に魔法を使って悪霊に目をつけられたら、貴女の身に何かあったら……子孫のイザベルだって……うぅ」
「……! そうよね、私……きちんと過去に戻って子、孫に命を繋がなくてはいけないのに。出過ぎた真似をしたわ」
自分の無力さに愕然とするララベルと、悪霊を警戒しララベルの子孫にも影響が及ぶことを懸念するリリア。一方、地上の教会を圧する役人の勢いは止まらず、精霊信仰の否定が始まった。
「ふんっ。アルディアス王太子が亡くなり、伝説の聖女ミーアス様が哀しみに暮れていると言うのに、この教会の輩は黒いベールも被らないのか? 貴様らの腐った根性、叩き直してやるっ」
「さあ、誓え! 偽の精霊信仰を捨てて、その魂を伝説の聖女ミーアス様に捧げるのだっ。御伽噺より現れた聖女ミーアス様降臨の奇跡、貴様にもミーアス様を崇めるチャンスがやってきたのだぞっ」
「古くより伝わる聖女ミーアス伝説を否定する馬鹿な愚民よ、正しい知識をオレ達が植え付けてやろうっ。アリアクロス暦1720年、言い伝えだとばかり思われていた聖女ミーアス伝説だが、古代遺跡より聖女ミーアス様が救世主であるという石板が発掘された。それ以降、聖女信仰は神への信仰と同一であるとされ……」
過去の人間界には存在していなかったはずの聖女ミーアス伝説が、あたかも古い言い伝えのように語られる。
(アリアクロス歴1720年、ちょうどタイムワープした年だわ。聖女ミーアス伝説? そんな伝説、私が知る歴史には存在しない……これは一体?)
そしてそれは、逆行転生による時間の歪みが、地上にも影響してきたことを意味していた。




