05
初恋を思い出しながらイザベルが目を覚ますと、そこは魔女狩りにより裁判を受ける女性達が最後の時を過ごす封印の牢獄だった。冷たい石の床にベッド代わりのボロ切れが一枚、敷いてあるだけの簡素な牢。
「目が覚めたかイザベル、どうせ数日中には、火炙りか水責めであの世行きだが。まぁ最後の時間をゆっくり過ごすんだな」
「うぅ……なんて、酷いところなの」
とてもじゃ無いが、最近まで王太子と婚約していたご令嬢が住まう場所では無いと投獄を反対する者もいた。だがミーアスのご機嫌を損ねたら、市民全員呪い殺されるとの脅迫に屈した。
イザベルの両親は既に他所の牢に投獄されたらしく、誰もイザベルを救い出せる者はいなかった。
「おやまぁ、お嬢さん。アンタあの有名なイザベル・カエラートさんかい。そうかついに投獄か、可哀想にねぇ」
向かいの牢獄に閉じ込められている老婆が、手をさすりながらイザベルに笑いかけてきた。老婆の手は既にガリガリに痩せこけていて、処刑しなくとも数日のうちに死んでしまいそうな雰囲気である。
「お婆さんは一体何の罪で投獄されたの? 私は聖女ミーアスを殺そうとしたと無実の罪をなすりつけられて、突然投獄されて。まさか王太子まで、あんな風に裏切るとは」
「おやまぁ随分と酷い目にあったねぇ。アタシは路上で屋台を出していたんだが、許可書がいつのまにか切られて違法者扱いを受けたんだよ。けど処刑されるほどのことをしているわけじゃ無いのに。この国は狂ってるんだよ、あの聖女ミーアスが来てからね」
確かにあの聖女ミーアスがこの地にやって来てから、精霊様への信仰よりも聖女ミーアスを神のように崇める者が多くなった。死者をも甦らせると言われている伝説の聖女の魔力は、人間業とは思えないレベルだ。彼女が見出されたのは王太子アルディアスが瀕死の重傷を負い、その治療を施したことによる。
二人の出会いを運命的であると持て囃すものが増えて、いつしか本当の婚約者であるイザベルを除け者扱いするようになった。国王も王太子も、大衆も……皆、精霊神が選んだ男爵令嬢イザベルよりも、奇跡のチカラを持つミーアスに王族入りして欲しいのだろう。
「鳴呼、人々はきっと精霊様よりも、目に見えて奇跡を起こすミーアスの方を信仰しているのね。彼女が虚言症だろうと、そんなことはお構いなしに。奇跡の回復魔法が使えるミーアスを崇め、奉りたいだけなんだわ」
「あの女のチカラは奇跡なんかじゃ無いよ、あれは悪魔の所業さ。精霊様への祈りを使わずに人の命をアレコレ弄れるなんて、人間なはずないじゃ無いか」
もしかするとこの老婆が投獄された本当の理由は、契約期限切れの屋台出店なんてものではなく、『聖女ミーアスに対して、否定的だったから』なのでは無いかとイザベルは思わず気づいてしまった。
だが今更投獄理由を考えても、何が変わるわけでも無い。せめて安らかに自分と老婆が死ねるように、精霊様に祈りを捧げようとしたところで、格子の前に一人の神秘的な美青年が現れた。
「良かった、無事だったんだね。イザベル、助けに来たよ」
「えっあなたは、もしかしてティエール君?」
その男はまるで、いつもイザベルが祈りを捧げていた精霊様の像を実体化したような美しい男だった。そして……先程の夢に出てきた初恋の彼が、成人した姿を彷彿とさせるのであった。