04
投獄された当日、イザベルはショックと疲労で落ち込みながら、気絶するように眠ってしまった。夢の中では、消去されたはずの初恋の記憶が蘇っていた。
* * *
まだイザベルが王太子アルディアスと婚約する以前、精霊様に祈りを捧げるために森へ向かうと、一人の少年が足に怪我をしていた。
イザベルと同じ年頃の少年は、苦しいのか精霊様の木に寄りかかり息を切らしていた。少年の柔らかな金色の髪は、陽射しに輝いて天使のようだ。けれど、美しい少年の表情は苦痛に歪み、彼に対して美辞麗句を述べている余裕はない。
「まぁ怪我をしているのね、大丈夫なの? 私……ちょっとだけなら回復魔法が使えるわ。痛みが和らぐだけかも知れないけど」
「うぅ……ありがとう。けど、僕の身体の傷は回復魔法では治せないんだ。父様の……いや、あの精霊の木の傷を直さないと」
「えっ……それはどういう意味? やだわ、一体誰がこんな酷いことを」
少年が語るように精霊様のシンボルである菩提樹の根本が、何者かの手によって傷つけられていた。イチかバチか、イザベルが精霊様の木に向かって回復魔法をかけると、生命力を吸い取った木の傷口が塞がった。それと同時に、少年の足の怪我も同調するように回復していき、イザベルは目を丸くした。
(精霊様の命とこの少年の命は、何かの形で繋がっているのかしら。さっきも父様って呼んでいたし)
「助けてくれてありがとう、何かお礼をしたいけど。今日は、すぐに帰らなくてはいけない。明日、また来るから……会えるかな?」
「えぇ……お祈りの時間には、ここにいるから。待っているわ……私はイザベル、あなたは?」
少年は本名を告げずに、ただ『菩提樹の子供』と名乗った。イザベルは彼を自分の国の言語で菩提樹という意味の『ティエール』と呼ぶことにした。
それからというもの、イザベルとティエールはお祈りの後に遊ぶようになった。しかし、イザベルが十四歳になる頃に王太子アルディアスとの婚約が決まり、ティエールとは会えなくなった。既に菩提樹の子供とは呼べない容姿になっており、青年に近い外見だった。
「イザベルは王太子アルディアスと婚約してしまうのか、残念だ。本当は僕のお嫁さんになって欲しかったけど。父様はキミをこの国の王家に仲間入りさせることにしたようだ」
「ティエール君、私も本当はあなたと……」
「所詮、菩提樹の精霊である僕と人間のキミは種族が違うということか。いずれ僕達の思い出は消え失せて、キミはアルディアスのことしか記憶できなくなるだろう。けど僕はキミを忘れない……もし、キミが困った時は僕が必ず迎えに行くから」
奇しくもイザベルの初恋は、聖女ミーアスと王太子アルディアスとの出会いと瓜二つの物語だった。ただ一つ違うところは、イザベルが彼の記憶を今までずっと消されていたところだろう。
(もし、このまま死んでしまうのなら……あの人にもう一度会いたい)
溢れ落ちた涙は夜空の流れ星のように、スウっと消えていく。切なる願いは密やかに叶えられ始めていた。