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精霊神が人々の願いを聞き届けるための施設『祈りの場・本部』は、古代風の神殿と薔薇の花々が麗しい空中庭園で形成されていた。地上とも精霊界とも別の次元にある異空間となっており、空間ごとシャボン玉のような膜に覆われて暗い夜空を彷徨っている状態だ。
「着いたよ、ここが祈りの場の本部だ。支部は精霊界に近い場所にあるけど、本部があるここだけは特別なんだ。この異空間の向こうには『宇宙』と呼ばれる星々が織りなす不思議な空が広がっている。宇宙には空気は存在しないが、この中にいれば神のシャボン玉で覆われているおかげで空気に困らない」
「凄い……まるで、夜空を漂う方舟だわ。この空間そのものが浮遊しているのね」
俗に言う宇宙空間に座しているこの場所は、まさに神の領域である。人間から精霊へと変貌を遂げる試練を受けているイザベルにとっては、新たなステージへと踏み込んだことを実感せざるを得なかった。
「アタシも長年、小妖精として活動しているけど本部に来たのは初めてかな? 精霊界にある支部までは、訪問したことがあるんだけどね」
小妖精という精霊界の中でもイレギュラーな存在のリリアでも初めて訪れるということは、通常時は立ち入りが出来ない区域ということだ。イザベルのような精霊候補という存在が、稀有であることが窺われる。
「そうなの……やっぱり精霊候補試験って、それだけ珍しい試験なのかもね。以前、人間から精霊になった方はどのような人だったのかしら? 人間界から来た者として恥じぬように気をつけなきゃ」
「既にイザベルの情報が登録されているはずだから、神殿で受付を済ませて今日の『祈り聞き』に参加しよう」
* * *
「おぉ! ティエール様、お久しぶりでございます。イザベルさん、初めまして」
「お久しぶりです老樹様、今日はよろしくお願いします」
「初めまして老樹様、お世話になります」
受付で挨拶を済ませて、祈りの場を管理する高齢の老樹様に部屋まで案内をしてもらう。白いローブ姿に木の杖を持ち、白髪頭に長い髭を蓄えた老樹様は、まるで御伽噺に登場する本物の神様のようである。
「噂だけかと思っていたが、本当に人間界から精霊候補者が現れたんですねぇ。しかも数百年前の精霊候補者によく似ていらっしゃる……もしかすると血縁者かも知れませんなぁ」
老樹様と呼ばれているだけあってかなりの年数を生きた精霊神なのか、つい最近のことのように数百年前の精霊候補生について語り出した。
神殿の中は通り過ぎる精霊がチラホラいる割に比較的静かで、老樹とイザベルの話し声だけが響き渡っていた。
「血縁者……ですか。私のご先祖様の中にも精霊候補になった方が、いらっしゃるのかしら?」
「天の導きがあれば、そのうちイザベルさんのルーツも判明するでしょう。さて、今日の祈り聞きのスケジュールは……ふむ。今日は地上で王家の葬儀があったとかで、それほど祈りに来る人間はいないみたいですな。悪い気に当てられないようにだけ、気をつけて……」
「王家の葬儀……?」
白い扉を開けると黄色い蝶がヒラヒラと舞う庭園があり、中心には大きな菩提樹の木があった。その先には地上の様子が巨大なスクリーンで投影されて、祈りを捧げる人々の姿や社会情勢を確認することが出来る。
『アル様ぁ〜! どうしてどうして、なんでなのぉおお。ミーアスを置いていかないでぇ。いやぁあああああっ』
ふとイザベルがスクリーンを見つめると、黒い棺が運び出されるシーンが浮かんできた。そして棺にわざとらしいほど泣き縋り、他の参列者に哀しみをアピールする喪服の女の姿も……。
(あれは狂人の聖女ミーアス! まさか、亡くなった王族というのは王太子アルディアス?)
棺の中は、イザベルのかつての婚約者アルディアス王太子で確定のようだ。さらにイザベルに聞こえてきたのは、芝居がかった聖女ミーアスの哀しみの声だけではなかった。
『ひひひっ殺した殺した、殺してやったぁああああっ。ザマァみやがれっ、馬鹿な王太子アルディアスゥウウウウ! お前の魂をもっともっと貪ってやるんだからぁあああああっ!』
精霊候補生であるイザベルにはミーアスの腹の中にある『黒い心の声』も聞こえてくるのだ。
「何よ、この心の声は……聖女ミーアスは、もしや本当に悪魔そのものだというのっ?」
そのことにより、聖女ミーアスという存在がただの狂人ではなく、『本物の悪魔』であることも次第に判明していくのであった。




