02
菩提樹の精霊オリヴァード長老の邸宅では、今日から本格的に精霊候補生として実習となるイザベルに神としての心得伝授が行われていた。ソファに座りながらの長老直伝の神としての講義は、既に一時間ほど続いている。
勉強熱心なイザベルは分からない部分をティエールに教えてもらいながら、神としての仕事について知識を増やしていった。
「いいかい、守り神である菩提樹の精霊は基本的に人間界から祈りの祈願を受けた時のみ、能動的な加護を与えていいことになっている。ちょっとした雨乞いくらいなら、今のイザベルでも個別に判断して願いを叶えることも可能だ」
「そういえば昔、雨が数日降らなかった時に、精霊様にお祈りをしたらその日のうちに雨に恵まれたことがあった気がします。あれは精霊様が個人的に、チカラをお貸ししてくださったのね」
まだ正式な精霊ではない候補生の立場でも簡単な雨乞いなどは、仕事として引き受けることが出来るようだ。
「だからと言って、歴史に残るような天候の変化を行う場合には、上層部の許可が必要だよ。我々樹木の精霊が干渉できる管轄にも制限があり、地上の依代となる菩提樹の木々が消失した場合は人間への加護も与えることが出来ない。その辺りの事情はティエールに直接教えてもらってくれたまえ」
「分かりました。ところで監視役として、小妖精がつくと聞いていたのですが……」
「ああ。それならそろそろ、到着するはずなんだが……」
噂をすれば影がさすとはよく言ったもので、『フッ……』とイザベルの背後に蝶々のような小さな人影が突如として現れた。
「ふぃ〜! ベストタイミングだったよぉ〜」
「きゃっ! いつの間に?」
「……リリア、随分と遅い登場だったね」
思わず驚きの声をあげるイザベルと呆れたと言うような態度で、一応は出迎えるティエール。
「初めまして、イザベル。私の名はリリア、精霊界きっての飛空スキル、やり手監視役で名を馳せる予定の小妖精よ! しばらく私があなたの面倒を見てあげるから、安心していいわ」
「えっと……リリアちゃん。イザベルよ、これからよろしく」
おそらく遅刻をしたのだろうが、自分のミスには一切触れず小さな身体で大きな態度を取りながらイザベルに自己紹介。着せ替え人形のような小さな手を伸ばされて、イザベルは戸惑いながらも指で握手を交わした。
一部始終を見守っていたオリヴァード長老は、咳払いをして小妖精を嗜める。
「名を馳せる予定……ね。リリアはちょっと寝坊助な面があるけど、若手の小妖精の中では一番飛空スピードが速いんだよ。今日みたいに寝坊してもすぐに、ここまで駆けつけてこれる程度には……」
「ちょ、長老様。その言い方って酷いです」
小妖精という種族の性質をよく理解しているのか、自分の失敗を誤魔化そうとするリリアにチクリと一言。そして長老はイザベル達の方へと向き直り、改めて本日の仕事について指示を出す。
「さてと、ではメンバーも揃ったことだし。午後からは、実習の『祈りの場』へと行ってもらおう。そこで、現時点の人間界の社会情勢を把握してもらう必要がある」
「社会情勢ですか……そういえば私が人間界から去って、一日過ぎたけれど。あの後、アルディアス王太子や聖女ミーアスはどうなったのかしら?」
ふと思い出したようにイザベルが、かつての婚約者である王太子アルディアスや仇である聖女ミーアスのことを呟く。すると、長老は耳をピクリと動かしてため息をついた。
「はぁ……なんだ。ティエールは、その辺りの事情をイザベルに話していなかったのか」
「申し訳ございません、長老様。人間から精霊への魂の変換が、上手くいかなくなると困るため。心に影響しそうな社会情勢の詳細は、伏せておりました」
「ふむ、それもそうだな。では細かい判断は、ティエールに任せるとしよう」
いつもより低い声で丁重に謝るティエールは、精霊神としての職務に集中している時、特有の態度。長老もティエールの独断をそれ以上責めずに、以降も任せることにしたようだ。
(たった一日のうちに、伏せなくてはいけない情報って一体何かしら? あの後、故郷はどうなってしまったの)
結局、イザベルがかつての婚約者アルディアス王太子が【無惨な形で悪魔の餌食になり死んだこと】を知るのは、祈りの場で人間界の様子をヴィジョンとして確認してからだった。




