08
「はぁ……温かい温泉で身体もほぐれたし、気持ちの穢れもすっきりしたわ」
湯から上がり綿素材の涼しげなワンピースタイプの部屋着に着替えて、購入したばかりの化粧水で肌を整える。健やかなボタニカル系の化粧水は人間界で手に入るものよりも上質で、さすがは天に座す精霊界であると感じる。
タオルで髪の湿気を拭き取り、錬金道具の温風機を使って髪をサラサラに乾かすと、あっという間に身なりが整った。
(一応、見た目はきちんとしているわよね。でもノーメイクなのに、人間だった頃よりずっと肌も髪も輝いているわ)
元々、それほど化粧などをするタイプではないものの、パーティーに出席する時くらいはメイクを施していたイザベル。今は完全にノーメイクのはずだが……毛穴一つ見えない整った白い肌、自然とピンク色に発色する頬、唇はプルッと潤いほんのりと赤みがさしている。
(お仕事に使うための身だしなみ用のメイク道具は買ってあるけど。こんなに美肌になるなら、本当に薄化粧で外出は平気そうね)
自分であって自分でないような内面から発光するような美しさに戸惑うイザベルだが、婚約者のティエールが地上では見かけないほどの美青年であるためバランスが取れて良いと解釈することにした。
心地よい気分でダイニングへと足を運ぶと、夕食の美味しそうな香りが漂っている。どうやら、ティエールが自ら料理をしてくれたようだ。
「イザベル、お風呂はどうだった? うん、精霊族の部屋着もよく似合っているね。ちょうど今しがた、夕食が出来たんだ」
食卓に並べられた料理は、田舎風の懐かしいテイストのものばかり。
ジャガイモを中心に野菜をふんだんに使ったラム肉の煮込み、キノコたっぷりのピラフ、魚と野菜のマリネ、チキンのハーブ焼き、常備しているであろうスティック状の野菜のピクルス、そしてストリートで購入した天然酵母のパン。
ドリンクは、お風呂上がりにぴったりなレモン水と食事に合うアイスティーの二種類だ。
「まぁこれ全部、ティエールが作ったの? 器用なのね、見習わなくっちゃ」
「はは。一応、こう見えても植物を操る精霊種族だからね。野菜たっぷりの煮込み料理なんかは得意だよ。まぁ便利な料理用の練金魔法道具も活用してるけど。何より、イザベルに喜んで貰いたくて。気に入ってもらえるといいんだけど」
清潔で暮らしやすい住まい、自然の恵みである温泉、美味しい手料理、そして優しい婚約者ティエール。
「ふふっ。ではさっそく、いただきます。んっ……このジャガイモ、ホクホクしてすごく美味しい!」
「良かった! たくさん作ったから、どんどん食べてね」
イザベルは失いかけていた『幸せ』という感情を再び取り戻したと実感する。愛しい婚約者が心を込めて作ってくれた煮込み料理は、心が思わずほっこりするような故郷の味がした。
精霊として生まれ変わるイザベルにとって、ティエールと暮らすこの家が新しい故郷となるのだ。