07
イザベルが人間としての穢れを落とす湯浴みを行なっている頃、牢に投獄されたイザベルが精霊神に連れられて消えたことが騒ぎになっていた。
* * *
「おいっ。どうして牢に閉じ込めておいたはずの女が何処にもいなくて、もぬけの殻になっているんだっ」
「ひぃいっ。申し訳ございません! 老婆が光となって消えた奇跡を目の当たりにした見張りが、混乱しておりまして。気がつくと若い女の方も、消えておりました」
「まったく、昨日はアルディアス様の遺体は見つかるし。今朝はイザベルの姿が消えるし。一体、どうなっているのやら」
無実のイザベル見捨てて投獄した張本人であるかつての婚約者第二王太子アルディアス。非道な彼を非難しようとする者もいたが、絶対的な権力を持つ聖女ミーアスと結託している彼に逆らうものなどいるはずもなく。
このまま、のうのうと幸せに聖女ミーアスと暮らしていくものだと、パーティーに同席していた誰もが考えていた時に『それ』は発見された。
――王太子アルディアスの遺体。
「きゃああっ。一体誰がこんな酷いことを? アルディアス王太子が、こんな形で亡くなるなんて!」
「祟りだ……何も悪くないイザベルを殺そうとした祟りなんだよ。ひぃいっオレは悪くないぞ」
「やだわ、やっぱりイザベルとその一族を敵に回したから?」
「天罰、天罰だわぁあっ!」
国が誇る銀髪の美青年と謳われた第二王太子アルディアスの亡骸は、見るも無残なものだった。
長年婚約者として連れ添ったイザベルに追放どころか処刑を言い渡し、聖女ミーアスに乗り換えた天罰なのだろう。イザベルの周辺を犯人かと疑う者もいたが、イザベルを含む一族は皆投獄もしくは監禁されており、偶然にも閉じ込められていたことが彼らのアリバイとなってしまった。
「投獄されたイザベルやその身内達には、牢にいたせいでアリバイがあります。今回は婚約者とは別の派閥の仕業かと」
「もともと王家は、旧王家と新王家で対立している真っ最中。第二王太子とはいえ、アルディアス様を邪魔に思う派閥は旧王家に違いないっ」
様々な憶測が飛び交うが、真相は不明のまま。アルディアスの殺され方はまるで『悪魔についた人間を非難する見せしめ』のようだった。けれど、わざわざ見せしめを行う犯人が誰なのかさえ、分からずじまい。
遺体は最初、設置されたばかりの悪魔の化身【ゴエティア像】に捧げられるように放置されていた。その後、遺体は不思議な魔力で浮遊して終焉を迎えたパーティー会場の中心に、メインディッシュの如くテーブルの上に乗せられたのだ。
「アル様ぁ! どうして、どうして、何で死んでしまったのっ。イザベルを投獄して、ようやく二人で幸せになれると思っていたのにっ」
数人の関係者以外立ち入り禁止となったパーティー会場の真ん中で、アルディアスの亡骸を抱きしめて、泣きじゃくる聖女ミーアス。一見すると典型的な悲劇のヒロインに見えるが、激しく泣いている彼女の俯いた表情はアルディアスの魂を完全に奪った快感に、思わず喜びで笑みが溢れ始める。
聖女ミーアスの思惑や願いはこのまま国が崩壊し、悪魔の世の中が続くことだった。心が荒んだ人々が増える国を滅びに向かわせる……客観的にはそれを正義と呼ぶ者もいるだろうし、歴史上は正しいと判断する者を否定することは出来ない。
だが、精霊神のチカラを得たイザベルにより、ミーアスの望む世の中が阻止されることになろうとは……。まだミーアス自身、夢にも思わないだろう。
悪魔の野心と慈愛の心が、静かにぶつかり合おうとしていた。