04
無事に面接が終わりイザベルは晴れて『精霊候補』という立場を得ることが出来た。人間から精霊に変化する者は久しぶりではあるが、忘れた頃に数人出るという。住民としての仮登録が済み、白亜の邸宅を後にしてティエールと暮らすロッジへと向かう。
ティエールの自宅までの道のりは、市街地を通らなくてはならず商店街がいくつもあり、思ったより賑やかだ。
「僕の仕事は『祈りの官吏』という役職で、人間でいうところの『牧師』みたいなものなんだ。イザベルの仕事は僕の手伝いがメインになるから、一緒に人間達のお祈りに耳を傾けることがメインになる。無理に戦ったりする必要がないし、精霊候補としてはやりやすい仕事だと思うよ」
「精霊様のお仕事って、ティエールみたいなお祈りを聞き届ける役割が一般的なのかと思っていたけど。他にもいろいろなお仕事があるみたいね」
「まぁ地上か天界かの違いがあるだけで、基本的には似た職種もチラホラあるから。僕みたいに祈りの官吏に就職するのは、家業を継いでいるようなものなんだ」
すれ違う精霊の中には御伽噺さながらのきこり風ファッションの者や人間界の騎士を彷彿とさせる鎧姿の精霊もいて、本来の職種は多岐に渡ることが窺える。
「こうして街を歩いていると、いわゆる冒険者に近い職業の精霊も多いみたいね。私ってほとんど何も冒険者に役立つスキルはないから、ティエールが戦いを行わないお仕事で良かったわ」
「でも、僕達の出会いではキミが足の怪我を治癒魔法で治してくれたことがきっかけだよね。そういえばあれからキミが魔法を使うのを見ないけど」
「ああ……あの後、魔法は辞めちゃったの。元からそんなに得意じゃなかったのだけど、簡単な詠唱をしたのに魔力が暴発したり……コントロールが効かなくて」
イザベルは自分自身が不器用で魔法を扱えないものだとばかり思っているようだが、ティエールはイザベルの中に巨大な魔力が芽生えてしまったのだと気付いた。おそらく人間として成長段階の少女の頃に、精霊と深く関わりを持ってしまったせいだろうとティエールは申し訳なく思う。
だが紆余曲折を経て、イザベルは精霊候補になっていた。人間のうちに大きすぎるチカラを暴走させれば、彼女自身の肉体が耐えられなかったかも知れない。秘めた強すぎる魔力にそれまで目覚めなくて良かったと、ティエールがホッとしているとフラフラと助けを求めて彷徨う一人の剣士。
タイミングよくイザベルとティエールの目の前で倒れ込み、無視出来ない状況になる。おそらくこの数百メートル先にある剣士の寄合所に戻る途中で力尽きたようだ。
「おっおい。大丈夫か、参ったな。剣士の詰め所までまだ距離があるというのに。かなり酷い毒に侵されている……くっどうしたら?」
「うぅ……苦しい。魔界へ悪霊の討伐に行っていたんだが、どうやら毒が回っているみたいだ。そこのお嬢さん、見たところ魔法使いみたいだが、何でもいい……治癒魔法をかけてくれないか」
剣士の男はイザベルを指差して、治癒魔法の助けを求めてきている。
気がつけば倒れ込んだ男を中心に、人だかりが出来始めていた。その流れでイザベルにも関心が高まっていく……とても珍しい人間から精霊に変化する段階の『精霊候補』だったからだ。
(どうしよう。このままではこの精霊さん、きっと命が危ないわ。わずかな延命かも知れないけど、昔覚えた呪文で……!)
「分かりました。本当に初歩の治癒魔法ですが、詰め所まで歩ける体力を取り戻すくらいなら。回復を司る白の祈りよ、我が声に応えたまえ……」
イザベルが呪文詠唱とともに騎士に手をかざすと、みるみるうちに毒に侵されていた患部が塞がっていく。
「こっこのチカラは?」
「す、凄い。これが百年以上ぶりの精霊候補の回復魔法……まるで奇跡だ」
「「「うぉおおおおおおおおっ」」」
突然目の前で起きた奇跡に、観衆が湧き立つ。
――これも運命の悪戯か、イザベルは一気に天才的な治癒魔法の使い手として注目されてしまうのである。