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ティエールに連れられてやって来た精霊界を束ねる長老様のお屋敷は、白亜の邸宅と呼ぶにふさわしい豪邸だった。敷地も広く季節の花の庭園の中心には噴水が優雅に輝き、用事で長老宅を訪問している他の精霊の姿もチラホラ。
「長老様のお屋敷はただの住まいと言うよりも、人間の世界で言う役場として使われているんだ。市長の家でそのまま住民の手続きを行なっているという感覚かな?」
「へぇ、どうりで他の精霊のおうちとはテイストが違うと思ったわ。民間の精霊が住むロッジもお洒落で素敵だったけど、白亜の邸宅は人間界の豪邸を彷彿とさせるわね」
「遥か昔は天の柱から人間が定期的に商談に来て、長老宅で取引なんかもしていたそうだから。当時の名残で長老の住まいだけは、人間界に馴染みのある造りなんだと思う」
他の精霊達が住む住宅は大樹で造られたロッジが多かったが、どうやら長老様は人間の感覚と近しい暮らしをしているようだ。ロビーで受付を済ませて、長老様と面会をするまでソファで待機。
確かに人間の世界で例えると市役所を思い出させるシステムではあるが、住民になるために長老と面接が必須なあたり、やはり人間と風習が異なるのだろうとイザベルは思った。
「けどティエール、突然人間の私が精霊候補になるなんて、出来るのかしら?」
「キミを精霊候補に選んだのは、絶対的な決定権を持つ上層部だからね。異議を唱えるものなんて、そうそういないさ。ただこの辺りの地域は長老様が仕切っているから、挨拶だけはきちんとしておかないと。大丈夫、僕がついているよ」
「うん、そうよね。ありがとうティエール」
勢いで駆け落ち紛いの脱出劇を果たしたイザベルだったが、次の段階である精霊入りの面接がこんなにも早いとは思わなかったため、緊張が止まないのだ。なんせ牢獄から逃げてきたそのままの状態で、長老宅を訪問しているのだから。
(普段だったら、もっと髪型や服装を整えて外出していたのだけど。ううん、あの牢獄から抜け出せただけでも奇跡なのに贅沢言っちゃダメよね)
ふと自分の身なりが気になってしまうイザベルだが、すでに肉体は天使や精霊に近い『エーテル体』になっているため、肌や髪は地上にいる時よりも綺麗な状態だった。パーティーに出席していた関係でそのまま牢に入れられた流れから、洋服だけはお洒落でありそこだけはホッとしている。
しばらくするとメイドに呼ばれて、長老様が待つ執務室へと移動。重厚なドアをノックして、部屋に通されると想定外の美青年がイザベルを出迎えてくれた。
「失礼します長老様、いえ……この場合は婚約者に合わせるのだからおじいさまと呼んだ方がいいのでしょうか」
「はははっ。よくいらっしゃいましたねティエール、そしてイザベル。そんなに緊張しなくてもよいですよ、私がこの精霊界の長老です。菩提樹の若息子ティエールからすると、曾祖父という関係になります。さあ、ゆっくりお茶を飲みながら今後について話し合いましょう」
「はっはい、長老様。えっ……ティエールのひいお祖父様?」
優しくイザベルとティエールにお茶を勧める長老は、婚約者となる菩提樹の若者ティエールの実の曾祖父だという。だが目の前の長老を名乗る金髪緑眼の美形の男は、どんなに年齢を重ねていたとしても三十代半ばと言ったところで、イザベルが驚くのも無理はない。
――年齢を超越した麗しい長老との不思議な面接が始まった。