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091 見えない敵

 この物語はフィクションです。

 登場する人物、団体、名称は架空のものであり、実在のものとは関係ありません。

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 091 見えない敵

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 大永九年一月二三日。(一五二五年)


 俺は大変なことを忘れていた!

 くそっ。なんと愚かなんだ、俺は。


 疱瘡だ。九州の筑前で疱瘡に罹った人がいるらしい。これはマズい。

 疱瘡は現代では天然痘と言われた伝染病で、この時代の日ノ本でも猛威を振るっている。まずいな、前世ならほぼ絶滅された伝染病だが、この世界ではそうもいかない。

 今からでも間に合うか? たしか牛痘を接種する種痘法なら、免疫ができるはずだ。


 畿内で流行るまでに少し時間があるだろうが、武田の全力を持って牛痘を接種させよう。


「う、牛の……でご座いまするか?」


 さすがの板垣信方も、突飛もない話に驚きを隠せない。


「そうだ。すぐにこの通りに行うのだ」


 木花之佐久夜毘売命様のお告げということで、俺が知る限りの種痘ワクチン接種を箇条書きにした。それを信方に渡し、直ちに準備をさせる。

 もちろん感染症にならないように、接種時の注意事項も記載している。


 疱瘡の予防だと説明しても信じる者はあまりいない。だが、俺の家臣と武田領内に住む民には強制接種だ。

 あとは木花之佐久夜毘売命様のお告げを全面に押し出し、なんとかしたい。


 まずは抗体を作るための牛痘の採取だ。

 牛は牛車を牽くために公家の家で飼われている。

 武家政治になって荘園を横領された公家は牛も飼えなかったが、今は朝廷から家格や職に合わせて家禄や俸禄が出ているため牛を飼える公家が増えた。

 昔ながらの牛車が京の町中をゆっくり進む姿が、それなりに多く見られるようになった。

 幸いなことに公家が飼っていた牛から牛痘を採取することができた。


 最初は俺が接種する。

 俺がやって見せなければ、誰もやらんからな。


「本当にやるのですか?」

「構わん。やってくれ」

 酒精の高い酒で消毒した皮膚に刺してもらう。

 ちくりとした痛みがした。これで抗体ができてくれればいいのだが。


 翌日、なんちゃってワクチンを接種した腕がやや腫れた。その程度で体が怠いということはない。水疱もできた。

 四日したが、何事もなかったように生活している。抗体ができたのだろうかと心配になるが、こればかりは分からない。

 とにかくなんちゃってでもワクチン接種を急がそう。


 ワクチン接種が進む中、五摂家の近衛様がお越しになった。

「相国殿が行っている予防接種なるものは、本当に疱瘡に罹らぬのかの?」

 朝廷には書面で疱瘡対策の予防接種をしていると提出している。その確認にいらしたようだ。


「罹らぬかとは言い切れませぬ。ですが、罹っても軽度で済むと思われます」

 ワクチンが本当に効くかは、俺だって分からない。抗体ができていれば大丈夫だと思うが、現代の医学でもなければ抗体ができているか分からないのだ。だから軽症で済むと濁しておくしかない。


「公家の間では否定的な意見が多い」

 公家は面倒なんだよな。穢れとか言って、こういうことを片づけてしまう。牛からとった種痘なんて誰も接種しようとしないだろう。困ったものだが、この時代ではそれが普通の考えだ。その気持ちは分からないではないが、罹った後で後悔しても遅い。予防接種は早めに接種するに限るんだよ。


「麿はその予防接種なるものをしたい。他の五摂家の者も同じじゃ。されどさすがに帝には……」

 穢れ以前に帝の体に傷をつけることになるから、誰も勧められないようだ。前代未聞のことに、対応はできない。

 もしワクチンを接種してから、帝が疱瘡に罹ったらそれこそ死罪ものだ。


「某から帝にご説明いたしましょう。するなら早いほうがよろしいのです」

「うむ。麿たちでは説明できぬゆえ、相国殿には手数をかける」

 誰もが懐疑的な中、帝に予防接種を勧めるなんて公家にはできない。そのくらいのことは理解できる。俺がお伝えするしかないだろう。


 数日後、内裏にて帝に謁見した。

 今回は公家の立ち合いは二条様と近衛様のみで、他の者はいない。


「―――と、木花之佐久夜毘売命このはなのさくやひめのみこと様よりお告げがありましてございまする」

 科学的なことを話しても信用されないのがこの時代だが、木花之佐久夜毘売命様のお告げがあったと言うと意外と信じる者もいる。

 科学は知らないが、神仏は信じるのがこの時代のマストな考え方だ。この時代の神仏への信仰心は、こういった時に役立つ。


「相国の話は分かった。神のお告げがあったのであれば、それを信じよう」

 マジで信じるの?

 自分で言っていて怪しい奴だと思っているんだけどな。

 帝を騙して予防接種をさせようというのだから、俺の名前は後世で大噓つきの代名詞になっているかな。


「相国が木花之佐久夜毘売命を信奉しているのは、朕も知っておる。武田がここまでになったのも、木花之佐久夜毘売命の加護があったればこそであろう」

 たしかに俺は木花之佐久夜毘売命様を都合よく使っている。その代わり、俺の領内には木花之佐久夜毘売命様を祀る浅間神社の分社をいくつも建立している。


「その予防接種とやらを、朕にも親王にも施してもらおう」

「はっ。ありがとう存じまする」

 本当は二回接種が必要なはずだが、時間的に一回しか接種できない。だから抗体が弱かったり、できていない可能性がある。俺は医者じゃないから、そこら辺の知識は曖昧なんだ。

 ただ、一回でも接種すれば、少しくらい抗体を作ってくれると信じてやっている。




 大永九年四月二四日。(一五二五年)


 帝の予防接種はなんとか終わった。

 さすがに公家からの反対の意見が多く、予防接種をするまでに結構な時間がかかった。


 あと武田の支配地域でない場所にも予防接種をと呼びかけたが、どの家もいい返事を寄こさなかった。

 まあ、こうなることは分かっていたよ。相国である俺にもできることとできないことがある。

 それに武田領は広大で、予防接種が間に合わない場所は当然ながらある。

 他人の領地よりも自分の領地が優先だ。


 武田領では、大きな町や商人が行きかうような場所を優先して予防接種させている。疱瘡が広がるなら、人が行きかうような場所のはずだからだ。

 もし予防接種を行っていない場所で疱瘡が流行ったら、その時はその場所を隔離する。人の往来がなければ、そこまで大きな被害にはならないだろう。

 こればかりはそうならないことを祈るしかない。切り捨てるようで申しわけないが、やれることには限界がある。できることを確実に指示し、徹底させるのが俺の役目だ。


 予防接種を優先させたため、四国征伐は無期限停止中だ。

 四国に渡っている兵士たちにも予防接種をしなければいけないし、本当にバタバタだよ。

 そんなことを思っていたら、その報がもたらされた。


「筑前から長門、周防、安芸へと広がっておりまする。また堺でも数名が疱瘡の疑いありと確認されています」

「疱瘡が発生した地域は隔離し、人の往来を止めよ」

「はっ」

 予防接種の効果が出ると信じよう。まさに神頼みだな。俺の性質ではないが、祈ってばかりだ。クソッ。


 四国、九州、中国には多くの忍が配置されている。そういった者には、忍のネットワークを使って予防接種をしてあるけど心配だ。




 大永九年五月二〇日。(一五二五年)


 畿内では堺、摂津、河内、そして京の都で疱瘡が確認されたのだが、感染者は三百人もいなかった。

 畿内は人口が多いし、密集した場所も多い。そういった場所を優先して予防接種をしていたことが功を奏したようで何よりだ。

 感染した者は予防接種を受けていない者ばかり。予防接種した者は罹っていないようで、なんちゃってワクチンの効果が実証されたことになった。

 決して罹らないわけではないが、罹っても軽症だから気づかなかったのかもしれない。自分で言っていて、今でも怪しい。それでも被害が少なく済みそうでよかったよ。


 堺で疱瘡に罹った者の中には、会合衆とその家族がいた。

 京の都での感染者はほとんどが公家だった。

 罹ってしまったものは仕方がないから、治るのを祈るしかない。したければ祈祷でもなんでもすればいい。

 疱瘡が終息したら俺も浅間神社にお礼参りするとしよう。名前を貸してもらったお礼だ。


「問題は中国、九州ですな」

「かなり広域に広がっているそうです」

 九州も中国も人口が多い場所と、それを繋ぐ街道にある村などで被害が広がっているそうだ。

 感染はどんどん広がっているが、残念ながら俺にできることはない。あそこは俺の力が及ばない場所だから、予防接種をしろと命じても従わない奴らばかりなんだよ。


「鎮静化を待つしかないのが、じれったいな」

 罹ったら最後、この時代の治療しかできないのだ。

 栄養があるものを食べて体力を落とさなければなんとかなるかもしれないが、子供や老人に多くの死者が出ている。

 もっと早く俺が天下を統一していれば、もっとやりようはあったはずだ。忸怩たる思いというのは、こういうものなんだろう。


 

ご愛読ありがとうございます。

これからも本作品をよろしくお願いします。


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― 新着の感想 ―
再開を強く希望する!!!
そろそろ続きを更新してほしい
続きが見たいんだがなぁ。
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