089 四国攻め
この物語はフィクションです。
登場する人物、団体、名称は架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
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089 四国攻め
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大永八年一一月五日。(一五二四年)
かつては阿波、讃岐、摂津、和泉、河内、そして山城を実質的に治めていた戦国大名三好之長。その跡をついで三好をまとめてきたのが、三好元長だ。
まだ二〇そこそこで俺よりも若い三好元長が目の前にいる。初めて会うが、なかなか良い面構えだ。
史実では一向一揆によって自害に追い込まれ、三〇そこそこの若さで命を落としたはず。この世界では一向一揆は俺によって勢力を大きく削られているから、仮にこのまま生きていても一向一揆に殺されることはないだろう。
「お前に会ったら、聞きたいことがあったんだ」
「………」
「なぜ細川や足利をそのままにした? お前がその気なら、共に滅ぼせただろ? それに細川はお前の仇でもあるが?」
三好がその気になれば、細川も足利も滅ぼせたはずだ。主家殺し、将軍殺しをしたくなかったのか、それとも他の存念があったのか。
「殺すがいい」
「教えてはくれないのか?」
「教えて何になる?」
「後世の歴史書に、それが載る」
明確な理由があるなら、それを後世の人に教えてやってもいいんじゃないか。
「後は俺が満足する。かな」
「何を言っても負け犬の遠吠えよ。さっさと殺せ」
「死にたいなら、自分で死ね。誰か、脇差を」
三好元長の前に、板垣信方が脇差を置いて下がる。
「俺が見届けてやるから、見事に死んでみろ」
大広間で皆が見守る中、三好元長は脇差を手に取った。
鞘から抜き、ゆっくりとした動作で腹へと持って行く。
「お待ちを! どうかお待ちを!」
末席から必死な声が聞こえた。
かなり若い男だ。あれは……。
「お控えなされよ!」
叔父の武田信賢に制止されたのは、足利義賢。おそらく後の阿波公方足利義維だろう。一一代将軍足利義澄の次男で、まだ一五にもなってない若者だ。
足利義賢は三好元長に保護されていて、今回一緒に連れてこられた。戦場に出てないし、元将軍の息子ということもあって末席に座ることを許したんだが、何を言いたいのだろうか?
「元長殿は決して相国様に立てついたわけではございません! どうか、死罪だけはお許しを!」
俺に立てついたわけじゃない? それなら四国であった激しい戦いはなんだというのか? 武田の兵も三好の兵も多くが死んだのだぞ。
「叔父上。話を聞こうではないか」
「はっ。相国様がそう仰るのであれば、某に否はご座いません」
足利義賢を三好元長の横に座らせる。
「義賢様……もういいのです」
「よくはありませぬ」
足利義賢は一言二言、三好元長と言葉を交わすと俺を真っすぐ見つめた。
彼の父親の足利義澄には、初めて上洛した際に謁見した覚えがある。あの時の足利義澄は本当に失礼な奴だった。その言動によって、足利を潰すのが確定したくらいだ。
そういう面から見れば、俺と足利義賢は因縁深いのかもしれないな。
「足利義賢であったな。話を聞こう」
「ありがとうございまする。筑前守殿は、相国様に降るつもりだったのです。ですが、家中の者が相国様への降伏を良しとしませんでした。筑前守殿は彼らを見捨てることができず、太政府軍と戦うことになったのです」
「家中をまとめるのは当主の役目。家中の者を抑えることもできず、太政府軍と戦端を開いたのは、そこにおる三好元長ではないのか」
「左様にございます。ですが、筑前守殿は相国様に臣従するつもりだったのです。そのことを考慮していただけないでしょうか」
理由はともあれ、両軍合わせて一万以上の将兵が死に、阿波や讃岐の土地が疲弊したことを考えもしないのか。なんとも甘い考えだ。
「お願い申し上げまする。どうか筑前守殿の命だけは」
「相国様。三好殿を生かせておけば、阿波の統治もしやすいかと」
軍略方の真田頼昌か。頼昌が助命するということは、阿波の統治以外にも何か考えがあるのだろう。何を狙っている?
「相国様。なにとぞ!」
頼昌に口添えしてもらい、足利義賢がここぞとばかりに床に額をつける。
なるほど、頼昌が狙っているのは足利義賢のほうか。
足利義賢が俺に臣従すれば、足利が俺に従ったと見せることができる。
最後の足利将軍となった足利義稙に実子はいない。
だから元将軍の足利義澄の子である足利義賢ともう一人―――史実で足利将軍家を継ぐはずだった亀王丸(後の足利義晴)が名目上の後継者になる。
その足利義賢が俺に臣従すれば、本当に足利の世が終わったのだと、大名国人たちに知らしめることができるだろう。
もう一人の足利の血筋の亀王丸は京を逃げ出し、その行方は分かっていない。もしかしたら戦乱の中で死んだのかもしれない。
生きていてもいずれ誰かに担がれるかもしれないが、どうでもいいことだ。
「義賢よ。元長を助命する代わりに、俺に何を捧げるか?」
「はっ。某の忠を、相国様に捧げまする」
頼昌め、義賢と諮っていたな。いいだろう。それに乗ってやる。
「相分かった。元長の命は取らぬ。だが所領は全て没収。その身柄は頼昌に預ける。以上だ」
「ありがとうございまする!」
出来レース感は否めないが、まあいい。
「信賢叔父上」
「はっ」
「義賢を使ってやってくれ」
「承知いたしましてご座います」
まだ俺に下ってない大名国人の心を揺らすくらいには使えるだろう。
「それからな、義賢」
「ははー」
「元長は筑前守ではない。今後は気をつけよ。二度は言わぬぞ」
官職の詐称は重罪だぞ。
「も、申しわけご座いませぬ!」
義賢は慌てて床に額をつける。
「元長。せっかく拾った命だ。今後は有意義に使ってみよ」
「………」
今は気持ちの整理ができないだろう。時間をかけて整理すればいい。もう誰かに担がれる人生を送るなよ。
俺は座を立とうとした。
「お待ちくだされ」
元長だ。
「厚顔無恥とは存じまするが相国様の下で働きたく、どうか、どうか、お許しいただきたく」
義賢の必死さにあてられたか?
俺は仁王立ちで元長を見下ろした。
「信方」
「はっ」
「お前の下で使ってやれ」
「承知いたしました」
俺も甘いな。この甘さによって足をすくわれないように、注意しないとな。
元長は板垣信方の下で働かせ、様子を見る。
三好家の家臣団の多くは激戦の中で戦死した。残っている家臣で気概のある奴はそれほど多くはない。
担がれることはないだろうが、可能性はゼロではない。
しかしこれも頼昌の手の平の上なのか?
面白くはないが、悪い気分でもない。
▽▽▽ 長尾景長 ▽▽▽
大永八年一二月二〇日。(一五二四年)
三好が降った。畿内を席捲した三好と決着がついた。
儂もそろそろ身を引く頃合いだろう。相国様―――あの頃はまだ関東の覇者でしかなかった武田信虎様に請われて相談役になったが、儂の体はもはや限界だ。
そろそろあの世からの迎えがきそうだ。その前に身綺麗にしておきたい。
あの世に行ったら飯富道悦殿と酒でも酌み交わすか。道悦殿は儂を褒めてくださるだろうか? 不才の身だが、一生懸命お仕えしたから褒めてくれるだろう。
儂はかつて関東管領様の家宰を仰せつかっていた。
その関東管領家(山内上杉家)は後北条に押され、没落してしまった。
関東管領の上杉憲房様は、武田家にその全てを委ねた。このような決断は誰にでもできるものではない。そして主にそれをさせた儂は不忠者よ……。
そんな無能な儂を、相国様はここまで使ってくださった。本当にありがたいことだ。
相国様はその者にあった仕事を与える。戦を不得手としている儂は、相国様の相談役となった。
儂は年長者として苦言を呈することで、相国様に仕えた。無能の儂の苦言を、相国様は受け入れてくださる。本当にありがたいことだ。
しかも上杉家を継ぐ一郎様の守役にしていただいた。残り少ない余生は一郎様のご養育に全てを捧げたい。
「相国様。某はそろそろお暇いたしたく存じまする」
「体がいかんのか?」
「それもありまするが、後進に道を譲るべき時期に来たのだと考えましてございます。それに一郎様のことを長野殿に任せっきりになってございますれば、この命ある限りは一郎様のご養育をと考えております」
相国様は少しだけ目を閉じられた。
まだ三〇にもなっていない若さで、この日ノ本を統一する寸前まで来ている。逞しいお体をしておられるが、決して猪武者ではない。
家臣の言葉をしっかり聞き、決して独断専行は行わない。それでいて決断力があり、決断したら躊躇はしない。なんと大きなお方だ。
かつての武家の政権は、あまり安定することはなかった。
平氏も源氏も短命であったし、源氏の跡を受け継いだ北条は比較的上手くやったほうだが、二度の元寇によって屋台骨が揺らいでしもうた。足利は最初から躓いて世は収まらなかったか……。
その足利の世を終わらせたのが、相国様だ。
相国様はそういった武家政治を踏まえて、新しき世を築こうとされておられる。
儂があと二〇も若ければ、相国様によって統一された戦のない天下を共に見られたことであろう。
「分かった。一郎のことをよろしく頼む」
「はっ。命ある限り、お仕えする所存にございまする」
今生の別れではないが、涙が溢れ出て来る。泣くまいと思えば思うほど溢れ出て来る。
滂沱の涙でぼやけた視界に、儂よりも涙する相国様が見えた。
「これにて失礼いたしまする」
「長い間、苦労をかけた」
儂は深々と頭を下げ、相国様に感謝した。
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