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087 四国攻め

 この物語はフィクションです。

 登場する人物、団体、名称は架空のものであり、実在のものとは関係ありません。

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 087 四国攻め

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 大永八年三月二一日。(一五二四年)


 茶室という狭い部屋の中で、西岡久秀がたてた茶を飲む。自然に息が漏れる。


「美味い」

「見よう見まねにございます。相国様にお出しするようなものではないのですが……」

「俺が頼んだのだ、誰も文句は言うまい」


 床の間には一凛の花。梅だ。淡い白色が目に優しく、甘い香りが鼻をくすぐる。


「それに細かい作法などどうでもいい。要は、俺が美味いと思うかどうかだ」

「ありがとうございます」


 西岡久秀は茶葉を厳選するところからするそうだ。他人任せにせずに、茶葉をしっかりと見極める。静岡の最高級の茶葉でも、気に入らないものは使わないと言う。相当な拘りがある。


 日々の忙しさに辟易した心に一滴の潤い。そんな時間を楽しみ、俺は再び戦場よりも酷い場に向かう。


 商人からは武家や公家に対する訴え、誰それが代金を払わないというものが多い。

 武家からは領境に関する訴え、あそこは俺の土地だがあいつが無理やり支配している。


 元々俺の領地だったところは、ほとんど問題ない。だが、畿内は違う。長年の戦乱によって荒れ果てて、武家も公家も商人に支払う金がない。奪い奪われ領地の境がはっきりしない。こういった事案が多い。


 商人に関しては相手が武家や公家でなければ、家臣が処理する。相手が武家や公家だと俺のところまで上がってくる。

 証文がある以上、代金や借金は返済しなければいけない。ただし、借金の公定金利は年二割八分。これを超えた金利は全て違法だ。発布日以降、この公定金利を超えた金利を徴収した場合、借金自体が無効になる。もちろん発布前のものは有効だが、それでも返済ができない場合の調停案として太政府が返済計画を提示する。


「唐国屋。この金利では返済が適わぬとお主も分かっておろう。三割の利子で六年返済させる。それで矛を納めよ」


 今回の相手は唐国屋という商人。公家の万里小路家の借金の返済を求めてきている。

 万里小路家は名家の家柄で、家禄は三五〇石。借金の額は一〇貫文だが、年利二〇割だ。二倍の額が利息としてのしかかってくる。アホか。


 三五〇石から得られる税の米を銭に換算すると八七・五貫文しかないのに、年間二〇貫文が利子だけで取られる。返済できないわけではないだろうが、キツいのも分からないではない。

 こんな利子を了承した時点で万里小路家が悪いのだが、さすがに利子が高すぎるから調停している。


「万里小路殿もそれでいいな?」


 二人は苦々しい表情だが、俺の調停案を受け入れないと泥沼になる。少なくとも唐国屋は受け入れるだろう。有耶無耶にされては損しかないのだから。


「わたくしは受け入れます」


 唐国屋は深々と頭を下げて了承した。


「万里小路殿はどうか?」


 頷いたが、不満そうな顔だな。徳政令なんて出さないからな。銭を借りたら返す。当然のことだ。

 あと、本来は俺に感謝するべきことだからな。そこのところ、よーく心得てくれよ。


 太政府が調停した以上は、太政府が万里小路殿に代わって借金を返済する。その分、朝廷に上納する金額から天引きをする。万里小路は天引きされた金額を朝廷から受け取るわけだ。

 太政府としては面倒しかないが、調停案を受け入れたにも関わらず未払いをされては太政府の面子が潰れる。それに同じ訴訟を何度も繰り返されるよりはよい。

 そうだ。いっそのこと、公家の借金は太政府が全て払ってやろうか。これ、面白いな。商人たちに借用書を買い取ると言おう。徳政令を出すと噂を流せば乗ってくるだろう。あとはこちらで全部回収だ。






 大永八年四月一三日。(一五二四年)


 相変わらず三好討伐に苦労している。伊予の宇都宮と河野、土佐の津野と安芸も三好に援軍を送ったと聞いている。

 三好勢は約三万になっていて、こちらの第八軍団と第一一軍団を合わせた兵力と同等だ。


 阿波に出城を築いて後方支援をしている第九軍団、予備兵力として摂津に駐留している第一〇軍団を入れれば武田軍の優勢は変わらないが、楽観視はできない。


 ここで俺は手を出さない。軍団長から援軍要請があればそれに応じるが、任せた以上細かいことは言わない。




 大永八年四月二六日。(一五二四年)


 三好勢は徴兵された農民が逃げ出しているそうだ。

 農閑期ならともかく、田植えの時期に徴兵されているのだから逃げ出す農民が多くても不思議ではない。


 工藤虎豊と松平親善はこれを待っていたらしく、一気に攻勢に出たそうだ。結果はまだ届いてないが、いい報告が聞けそうだ。


「相国様。関白様がお越しにございます」

「こちらにお通ししろ」

「はっ」


 近習の足音が遠のいていき、しばらくすると関白二条尹房様が入室した。

 上座を譲り座り直すと、簡単に挨拶を済ませる。

 西岡久秀が緑茶を出すと、二条様はそれに口をつけ頬を緩めた。


「よい味の緑茶だ」


 お茶というと抹茶になるこの時代、簡単に出せる緑茶は重宝されている。それにほうじ茶も人気がある。


「駿河から取り寄せているものにございます」

「相国殿の領国は豊かで羨ましいのう」


 その分の初期投資をしっかりしている。そういったことなくして領国の発展など望めない。


「本日は例の件にございますか?」

「公家たちの借金の件じゃ」


 公家の借金の訴訟を一々受けていると面倒だから、太政府が一括して返そうと提案をした。ただで返すわけではない。それでは太政府に損しかないし、公家を甘やかすだけだ。

 借金は太政府が立て替えるが、公家たちは太政府に返済することになる。太政府への借金になるだけだ。しかし太政府は公定金利よりも安い年利一割しかとらない。

 公定金利よりもはるかに低い金利の太政府のほうが、公家たちの負担が減るというものだ。


「皆がそうしてほしいと申している。頼めるか」

「もちろんにございます」


 公家を救済するという名目だが、借金がなくなるわけではない。金利が安くなるだけでもない。

 これは太政府の治世を安定させるための処置だ。


「では、全国の商人に公家の借金は太政府によって支払う。以後は公家へ催促することを禁ずると速やかに発布しましょう」


 太政府への借金は利息だけ支払えばよい。つまりいつまでも元金が残るのだ。一〇〇貫文の元金だったら毎年一〇貫文の利息を払えば、催促されることはない。

 長い目で見ると太政府は得をする。しかも公家は太政府に借金をしている負い目がある。太政府は債権者として上に立てるわけだ。これによって色々な政策がしやすくなる。太政府に借金している以上、文句を言える立場ではないのだから。


 こうして公家の借金を太政府が受ける政策が発布されることになった。




 大永八年五月一八日。(一五二四年)


 暑くもなく寒くもない季節になった。山城の田んぼには水が張られている。これから稲が成長していく。武田の治世なら安心して農業に従事できる。商人も職人も命の危機を感じることなく、仕事ができる。そう思わせる光景だ。


 京の都の復興は大方終わった。これからは内裏の修繕を加速させる。内裏は修理どころの話ではなく、全ての建物を建て替えるそうだ。この際、徹底的にやってくれと思っている。


 四国攻めをしているから、戦費はかかる。公家の借金を建て替えたから、一時的に大きな額が出ていった。

 それでも銭は交易で儲けているし、近江より東は安定しているから米の生産量がかなり増えている。特に関東平野では多くの田畑が開墾されて、多くの収入が見込める。


 尾張の城も進んでいる。内裏を優先させるが、俺の居城だ、疎かにはしてない。

 利根川東遷事業も順調だ。あれだけの大工事だが、あと三年程で完成する見込みだ。予定よりもかなり早い。

 関東は早い時期から俺の支配地域だったから、人口が爆発的に増えている。そのおかげで工夫に事欠くことはない。


 四国征伐のほうは讃岐で三好勢を打ち破った。ただし味方の被害も大きく、一度戦線を立て直すと報告があった。被害が大きかったのは残念だが、無理して傷口を広げなかったことを褒めておいた。

 叱責することは簡単だが、それでは人は育たない。もちろん酷いのはしっかり叱責する。今回は叱責するよりも褒めることのほうが多いし、実際に三好勢を破っているのだから大いに褒めた。


 今回の戦で負けた三好は、圧迫し続ければいい。いずれ三好のほうが息切れするだろう。真綿で首を締めるように圧をかけておけば、勝手に内部崩壊するはずだ。


 今年の田植えができなかった三好は、どの道兵糧が足りなくなる。堺の商人たちに頼んでも、矢銭五〇万貫を俺に上納したから援助はできないだろう。

 まあ、したらしたで堺の商人を潰す口実ができるけど。


 今後の四国は大きな被害を出す戦いではなく、調略と小競り合いでじっくり弱らせて最後に平らげればいい。時間はこちらの味方なのだから。


 

ご愛読ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 歴史系小説としてしっかりとした知識を元に丁寧に書かれている。 特に公家に関する掘り下げ方が秀逸で、他の作品にはあまり見られない。 男、武将として一本筋が通った主人公も素晴らしく、骨太な作品…
[一言] 書籍化を願う! コミカライズ化も是非!!!
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