086 四国攻め
この物語はフィクションです。
登場する人物、団体、名称は架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
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086 四国攻め
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大永八年三月五日。(一五二四年)
讃岐へ第八軍団が上陸。
阿波へ第一一軍団が上陸。
共に戦列艦の援護射撃があったことで、大きな抵抗はなく上陸できたと聞いている。
三陣として第九軍団の北条高定を送る。北条高定は両軍団の後方支援。主に補給を担当する。補給がなければ、どんな屈強な軍団でも戦えない。補給を疎かにしてはいけない。
補給は紀伊水軍が行う。瀬戸内は村上水軍が押えているし、四国の太平洋側は志摩水軍が警戒している。敵性勢力が入り込むとしたら、九州側だけだ。さて、援軍はあるか?
四国の勢力としては、阿波と讃岐は三好の勢力圏。伊予は西園寺、宇都宮、河野。土佐は一条、津野、山本、安芸、長宗我部。
土佐一条家の当主である一条房家様が声をかけてくれたことで、伊予の西園寺と土佐の長宗我部、山本は太政府に従った。これらの家は防御を固めていればよく、特に兵を出す必要はない。
大永八年三月一二日。(一五二四年)
さすがは三好と言うべきか、四国征伐軍は激しい抵抗を受けている。内応はあまり進んでおらず、結束は固い。
三好勢は地の利を生かした奇襲戦術を多用しているらしい。ゲリラ戦というやつだ。
だがな、その戦い方は負けている側のものだぞ。
三好は防御に適さない城を放棄し、小勢を率いて昼夜を問わず奇襲をしてくる。ひと当てしたら、無理をせずに離脱。それを繰り返されている第八軍団と第一一軍団は、大きな被害こそないが疲弊しているとのこと。
「恥も外聞も捨てたようだな、三好は」
生きることを徹底させたか。それなら素直に太政府に従えば良かったのだ。そうすれば、それまでのことをどうこう言わなかったのに。
やっぱりプライドか。細川を支えてきて、さらに畿内の覇者となったから甲斐の山猿などに膝を屈するものかという矜持があるのか。
まあいい。第八軍団と第一一軍団が壊滅しても、次を送ることはできる。第九軍団は予定通り阿波に城を築いている。ここを橋頭堡として阿波と讃岐を侵食していけばいい。
三好に後はないが、こちらの引き出しは多い。それに第八軍団と第一一軍団が負けると決まったわけではない。
大永八年三月一六日。(一五二四年)
仮御所が完成し、帝が移られた。それを聞き、挨拶しに昇殿した。
塀は全て直された。門も建て替えられている。木の匂いが真新しさを感じさせる。公家たちの顔が明るい。女官たちの笑い声も聞こえてくる。
「相国殿」
「これは左大臣様」
左大臣徳大寺公胤様。俺に良い感情を持ってない公家の筆頭だろう。
俺の大嫌いな細川高国。今は山名を頼って伯耆国へ逃亡している高国は、この方の従甥にあたる。帝のおぼしめしだから武田に天下を任せた朝廷だが、その中で最後まで反対していた方だ。
「なんでも四国に攻め込んだとか」
「はっ。太政府に従わぬ者たちを誅罰いたしまする」
左大臣、右大臣、大納言などは太政官だが、これは公家用の役職として太政府では使わないことになっている。要はステータスシンボルとして残して公家が使う役職になっている。
これらの役職を名乗っても、太政府ではまったく権力をなさない。そういう取り決めだ。
その代わり内大臣(令外官)と中納言以下の役職は全て太政府が使う。任命権は帝にあるが、俺が言上すれば即任命となる運びだ。
尚、参議(令外官)だけは公家(朝廷)も太政府も使う。ただし、定数を決めて運用する。参議の公家の席は八、太政府は七だ。
「もそっと穏便にできぬものかの」
「太政府に従わぬ者がいる以上、誅罰せねばなりません」
こればかりはケジメだ。
だが、徳大寺公胤様が四国のことを口にしたのは、そういったことではない。武田が気に入らないから、何かと反対意見を言うのだ。現代日本の野党と同じだな。そのこと自体に生産性はなく、なんでも反対して嫌がらせをしているのだ。
「ほどほどにの」
「承知しましてございます」
どうせなら細川高国に逃げ回るなと言ってほしいものだ。殊勝になって全国の反抗勢力に太政府に従えと言うだけで、生き残れる大名や国人がどれだけいるだろうか。それは戦死者が少なくなるということだ。
足軽たちは戦っている相手が太政府だと知らずにいるのだ。今までがそうだったから、今もそうだと思って戦っているんだろうな。
そういったことを流布している。いずれ敵対勢力は徴兵もままならなくなるだろう。
それは帝への挨拶が終わり、武田屋敷へ帰る途中のことだった。河原で煮炊きしているものたちがいて、それを多くの子供が取り巻いていた。それが親をなくした子供たちだとすぐに分かった。
「あの煮炊きしている者は、何者だ?」
「確認してまいります」
西岡久秀が駆けていき、土手を滑るように下りていく。
子供たちをかき分けて煮炊きしている三人の大人に話を聞いて帰って来た。
「あの者は都に店を構える美濃屋と申す商人にございます」
「ほう、商人か」
商人が炊き出しをするのか。俺のイメージでは寺が多いんだがな。その寺も当てにならんけど。
「僧侶などが炊き出しをしてないのか?」
「都やその周辺では聞いたことがありません」
長く続いた戦乱によって寺も疲弊している。だが子供たちに施す食べ物もないかと言われると、そんなことはない。寺には米どころか肉や酒まである時代だ。子供に施そうと思えば無制限ではないが、施しができるのだ。
「あの者を屋敷へ」
「承知しました」
商人がなぜ子供に施すのか。それが気になった。
部屋に入ると、商人が平伏していた。俺はどかりと腰を落とし、脇息に左手を置いた。
「面をあげるがいい」
「はっ」
四〇ほどの年齢で、特に特徴のない顔立ちの男だ。背筋に棒でも入っていそうなこの商人は、元は侍だったのかもしれない。その佇まいでなんとなくそう感じた。
「わたくしは美濃屋善兵衛ともうします。相国様のご尊顔を拝謁する栄誉にあずかり、恐悦至極にございます」
いや……何かが違う。この感じは……そうか、そういうことか。
「そのほう、商人だそうだな」
「はっ。美濃屋という店を構えております」
「商うものはなんだ?」
「主に米にございますが、儲けになればなんでも扱います」
特に訛はない。美濃屋と号しているが、美濃の出身ではないだろう。それに油断ならない目の運びだ。
「正直に申せ。そのほう、商人ではないな」
「何を仰いますやら。わたくしめは商人にございます」
「今は商人かもしれぬが、その前は何をしていた? 草か?」
「………」
一瞬だけだが、美濃屋の眼光が鋭く光ったように見えた。
俺の言葉を聞き、左右に控えている家臣たちが腰を浮かし脇差の柄に手をかけた。
「控えよ。大丈夫だ」
「しかし」
「俺がいいと言っている」
なおも食い下がる板垣信方を手で制し、美濃屋を見つめる。俺に繋ぎをとりたいと思っているのは間違いない。その目的が何か、聞いてみたいものだ。
「さすがは相国様にございます」
美濃屋が平伏する。素直に認めたか。
俺の命を狙ったとも思えんが、何が狙いだ?
「ひれ伏していては、顔が見えん。上げろ」
仮面をつけたかのような無表情。もう表情を読まれないという意思表示か。
「単刀直入に聞くが、何が目的だ? あの炊き出しも俺の目に留まるためのものであろう」
「ご慧眼、恐れ入りましてございまする」
「何が慧眼だ。で、目的はなんだ? まさか俺の命というわけではないだろ」
「相国様に使っていただきとうございます」
「俺の配下になるというのか?」
「左様にございます。わたくしは九州と山陽に顔がききます。お役に立てると存じます」
元草の者であり、今は商人。そして山陽から九州に渡って顔がきく。今後を見据えて、俺に売り込みか。
考えに浸り、パチンッパチンッと扇子を開けては閉じる。
「相国様」
板垣信方が膝をずいっと前に出して、俺に向かう。何か考えがあるようだ。
「某にこの者を預けていただければと存じます」
「信方にか……。いいだろう、美濃屋は信方に任せる」
「はっ」
「刑部少輔様。よろしくお願い申しあげます」
板垣信方の官位は従五位下刑部少輔。その父の信泰は正五位上刑部大輔。細かい話だが、俺の家臣の官位は五位以下が多い。公家たちへの配慮だが、使える官位がそこまで多くないこともある。
基本的には七位や八位の者が多い。それでも正式な官位だから、皆嬉しいようだ。
位階は石高によって決める。位階を与える目安は、次のようになる。役職はその位階に合わせたものを与える。
正五位上 : 一〇万石以上
正五位下 : 一〇万石未満
従五位上 : 七万石未満
従五位下 : 五万石未満
正六位上 : 四万石未満
正六位下 : 三万石未満
従六位上 : 二万石未満
従六位下 : 一万石未満
正七位上 : 七〇〇〇石未満
正七位下 : 五〇〇〇石未満
従七位上 : 三〇〇〇石未満
従七位下 : 一〇〇〇石未満
正八位上 : 五〇〇石未満
正八位下 : 三〇〇石未満
従八位上 : 一〇〇石未満
従八位下 : 五〇石未満
板垣信泰は三河を治める大名だ。開墾を積極的に行っている三河の石高は四〇万石を超える。大大名だ。だから正五位上刑部大輔に任じた。信方は嫡子であるが、本来子には官位を与えない。しかし信方は武田の重臣だから、官位を与えている。
さて、美濃屋との謁見を終えた俺は、望月虎益を呼んで別室に入った。そこには板垣信方と美濃屋が先に入って待っていた。
二人は平伏して俺を迎える。俺が上座に座ると、信方が顔を上げた。
「この者の店に草を入れ、拠点にいたしましょう」
「そういうと思って、虎益を呼んでおいた」
「さすがは相国様。美濃屋ではございませんが、ご慧眼に感服いたしましてございます」
板垣信方が大げさに頭を下げた。わざとらしい。
「美濃屋もそれでいいな」
「わたくしめの素性をお聞きにならないのですか?」
顔を上げた美濃屋が能面のような表情で問うてきた。
「言いたいのか? 言いたいのなら聞いてやっても構わんぞ」
「……恐れ入ってございます」
何が恐れ入ったのか。
「それでは掻い摘んで身の上話をさせていただきます」
美濃屋は朗々と身の上を語った。元々は丹波国多紀郡の忍、村雲党の一族だったが、ある時村雲党内部で紛争があった。頭領を巡った争いだったらしい。その時に負けた一派が丹波を離れて商人になったらしい。今から数十年も前の話だそうだ。
「商人をしておりますが、忍としての修行はしております。配下の者たちも同様にございます。きっとお役に立ってみせます」
丹波の村雲党については丹波進攻時に接触したが、靡くことはなかった。俺が丹波を平定した後は、もぬけの殻だった。
「あやつらは伯耆国の山名様に雇われたようです」
美濃屋は村雲党の動向を知っていた。未だに伝手があるのだろう。
「俺に仕官させることはできるか?」
「融通が利かぬ者たちにございますれば、難しいかと存じます。それでもよろしければ、繋ぎをつけますが」
「構わん。働きに見合った石高を用意すると言ってくれ」
「承知いたしましてございます」
「そこで俺はお前たちをなんと呼べばいいのだ? 村雲党ではどっちか分からぬからな」
「美濃屋でございます」
「そうか、美濃屋か。相分かった」
商人をしている忍。忍で商人。だから美濃屋か。
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