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082 畿内平定

 この物語はフィクションです。

 登場する人物、団体、名称は架空のものであり、実在のものとは関係ありません。

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 082 畿内平定

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 大永七年七月二〇日。(一五二三年)


 丹波はかなり苦戦している。敵も必死だし、地の利は敵にあり、山岳地帯が多いから佐竹自慢の騎馬隊が威力を発揮しないからだ。

 佐竹義篤はなんとしても自分たちの力で丹波を平らげたかったようだが、山名と赤松が援軍を送っていることから混戦だ。

 山名が六〇〇〇、赤松が三五〇〇。合わせても一万に満たないが、丹波の勢力にとっては心強い援軍だろう。


 六角は下手に兵を損耗したくないという思いがあったようで、独自に援軍の要請をしてきた。それでいい。佐竹と六角の兵は農民主体だ。無駄に被害を出すと働き手が少なくなる。


 そこで俺は近江の甲賀に駐留している金丸虎義―――今までは金丸筑前守と呼んでいたが、官位はリセットして別の官位を与えた。そこで官位で呼ぶのではなく名前呼びにした―――の第七軍団を京の都に呼び出した。


「虎義は兵部卿の指揮下に入って京の都の守りを命ずる」

「何も相国様がお出にならなくとも、某か兵部卿様にお命じになればよろしいでしょう」


 佐竹・六角連合軍の援軍に第七軍団を向かわせることも考えたが、ここは俺が出たほうがいいと思った。俺が出れば佐竹も六角も文句は言わないだろう。

 六角は援軍を要請したのだから文句を言うわけがないが、佐竹は違う。そこに金丸虎義が向かっては不満を抑えられないかもしれない。だから俺が行くのだ。


 京の都を発った俺は、すぐに丹波桑田郡の亀岡に至った。京の都の目と鼻の先のこの地は、さすがに武田の勢力圏になっている。そのまま船井郡園部へ向かいそこで六角定頼が出迎えてくれた。


「相国様が直々にお越しくださるとは、まことに申しわけなく存じます」


 地面に膝をつき、頭を下げる六角定頼を立たせて床几に座らせる。


「弾正少弼が無事なようで何よりだ。で、右馬頭殿はどうしておるのか?」

「はっ、右馬頭殿は氷上郡にて、山名・赤松軍と対峙しております」

「ならば山名と赤松は右馬頭殿に任せ、こちらは丹波を制圧するとするか」

「はっ」


 横田高松に五〇〇〇を与え、補佐に織田信定をつける。横田高松には蘆名盛滋、蘆名盛舜兄弟や三木直頼、千葉昌胤などの領地を持っていない者を配下につけた。この横田軍には、六角軍と共に船井郡の制圧を任せる。船井郡を平定した後は六角軍がその北にある何鹿郡へ進行することになるだろう。


 さらに武田光和に兵二〇〇〇を与える。補佐は教来石信保。安芸武田軍には桑田郡の北部を任せる。噂では槍働きに定評がある光和だが、軍を指揮する能力はどうかな。教来石信保には最悪の場合、指揮権を剥奪しろと命じてある。上手くいけばよし。さもなくば、安芸半国を与えるのは考え直さないといけない。


 甘利虎泰にも兵三〇〇〇を与え、多紀郡へ進めた。多紀郡は摂津と播磨の国境を抱える場所で佐竹軍の後方を守るように配置した。





 大永七年八月一日。(一五二三年)


 山名・赤松軍は佐竹と激戦を繰り広げたが、決着はつかなかった。その間に俺は丹波の各地を大軍を持って制圧した。細川高国は丹後に逃げたそうだ。ゴキブリみたいにしぶとく生き残ろうとするな、あいつは。


 六角は制圧した何鹿郡から福知山に移動させて砦を築かせ、俺は佐竹軍に合流した。


「不甲斐なく……」


 佐竹右馬頭義篤は面目なさそうにうな垂れる。兵数はほぼ同数だが、佐竹軍はこの土地に不案内なのだから負けなかっただけでいい。


「顔を上げろ。まだ負けたわけではない。そんなことでは兵の士気が落ちるぞ、右馬頭殿」


 俺の言葉に義篤が顔を上げるが、悔しさが滲み出ている表情だ。


「悔しいか」

「はい。悔しゅうございます」

「俺はこの後、丹後を攻める。高国を生かしてはおけないからな。その後は若狭へ向かうつもりだが、そちらには諏訪頼満の第六軍団を向かわせる。しばらくは山名も赤松も出て来ないだろうし、右馬頭殿は丹波に留まり兵を休ませつつ播磨を牽制するのだ」


 俺が佐竹軍と合流すると、山名・赤松軍は自国へ退いた。俺が合流したことで兵力が三倍以上になったからだ。

 だが俺が丹後に向かったらまた出て来るかもしれない。ないと思うが、念のためだ。


「某にも」


 俺は義篤の発言を手で制した。義篤が言いたいことは分かる。このまま帰っては坂東武者の沽券にかかわると言うのだろう。

 言いたいことは分かるが、それで使い潰される農民兵たちはたまったものではない。佐竹にとってここはどうしても戦わなければいけない場面じゃない。そのことを分からせてやりたいが、さてどうしたものか。


「右馬頭殿には武田の戦いを見せてやろう」


 義篤がどういうことだと、眉間にシワを寄せる。


「北義信。そのほうは佐竹軍を預かり、播磨を牽制しろ。右馬頭殿は俺と共に来い。身一つでよい。俺のそばにおればいいからな」


 有無を言わさず義篤を引き連れて北上する。

 北上していると紀伊の畠山が降伏したと報告があった。河内を攻め取られ、周囲を武田、興福寺連合、北畠(伊勢の南部)に囲まれたことで国人がこぞって俺に降伏した。それで意気消沈したらしい。


 畠山の領地は没収して五〇〇〇石で召し抱えるように、叔父縄信に指示を出す。本当は殺したかったが、降伏後に殺してしまうと紀伊の国人たちが自分も殺されると疑心暗鬼になってまた反旗を翻すかもしれぬからな。

 反抗した国人たちも皆殺しにしてもいいのだが、領地没収や減封を条件に降伏すればあとは飼い殺しにする。無駄に兵を損ねる必要はない。


 弟信貞に紀伊で抵抗する勢力を平らげてこいと命じる。河内を平定しているし、さらに紀伊を平定したらしっかりと報いてやらないといけないな。


 丹波の後詰に用意していた諏訪頼満の第六軍団には、若狭への進軍を命じた。殺しても構わん。同じ武田だからと言って容赦する必要はない。

 抵抗せずに降伏しても若狭は取り上げる。畠山と同じように捨て扶持を与えて飼い殺しだ。




 大永七年八月六日。(一五二三年)


 暑い中の行軍は鎧を脱ぎたくなる。風まで生温い。もっともこの時代の夏はせいぜい三〇度くらい。三五度なんて滅多にない。前世で四〇度近い気温を経験している俺にとっては涼しいものだ(嘘)


 ゆっくり北上している俺の下に、三好が動いたと報告があった。

 志摩水軍と紀伊水軍が海上封鎖しているため、三好は和泉と摂津から一万三〇〇〇を出してきて一向衆と戦っている板垣信泰の第二軍団と対峙した。同時に一向衆も大坂御坊から押し出してきたそうだ。思惑通りだ。


 義篤に配慮したのもあるが、俺は三好を引っ張り出すために丹波、そして丹後へ向かったのだ。俺が丹波の北部や若狭、丹後へ向かったことを知れば、必ず出て来ると思っていた。

 俺が居ないうちに第二軍団を壊滅させ、戦力の低下をと考えているのだろうが、そうは問屋が卸さないぞ。


「摂津へ向かう。皆の者、急げ!」

「「「応っ」」」


 俺は北上を止めて摂津へと向かった。高国なんてどうでもいい。三好が籠城すると面倒だから引きずり出したかったのだ。


 怒涛の進軍で摂津三好軍の後方を突いた。


「逆らう者に容赦は不要。撫で切りにしろ!」


 横田高松が先陣を切って突撃した。


「かかれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ」


 負けじと武田光和も突撃。丹波でその破壊力を遺憾なく発揮していることでも分かるように、戦略も戦術もない武田光和だが、参謀さえいればかなり強い。ひたすら敵将を目指す前線指揮官なら、信頼できる強さだ。


「遅れを取るな! 突撃だっ!」


 甘利虎泰も突っ込む。


 俺のそばには口をポカーンと開けた佐竹右馬頭義篤がいる。さらに相談役の板垣信方、軍略方の真田頼昌と西村正利。近習の西岡久秀も控えている。


「右馬頭殿。戦いにおいて正々堂々というのは、殊勝な心がけだ。だが、我らの下には多くの将兵がいる。その将兵の屍の上に築かれた正々堂々などクソ食らえだ。分かるな?」

「はっ。目から鱗が落ちる思いにございます。相国様」


 神妙な表情の義篤は、これから大きく伸びるはずだ。

 まだ四国、中国、九州が手つかずである。義篤にはもっと広い視野を持ってもらい、戦場を支配できるくらいの男になってもらいたいものだ。


「敵の意表を突き、敵を無慈悲に踏みにじる。言っていることは外道や鬼畜なことかもしれぬが、それで将兵を守れるならいくらでも外道とも鬼畜とも呼ばれる覚悟が必要だ」

「はっ」

「だが、心得違いをするなよ。意表をつくことと、卑怯なことは違うからな。俺は降伏したものを無暗に殺さん。厳しい処罰はするかもしれぬが、懐に入ってきた鳥を殺すようなことはしない。降伏した者にはある程度の慈悲を示すのだ」

 殺さないが、厳しいことはする。特にこれからはそれを進める。太政府の命令を無視した罰は必要だ。


「相国様のお言葉、決して忘れませぬ」

「ただしだ……降伏を認めぬ者もいる。これは最初から公言するべきだ」

「一向衆のことですな」

「その通り。奴らは仏の教えと言って民に重税を課し、死地へ送る。あれは人の皮を被った悪鬼羅刹、物の怪の類よ。あのような者は退治しなければ世はよくならぬ。いいな」

「心いたします」


 これで俺の考えは分かってくれたと思う。義篤は決して馬鹿ではないはずだ。そう信じて成長を見守ろう。

 それに従兄弟の小夜が輿入れしている準一門衆だし、関東で生き残った家(独立勢力)でもある。このままずっと家を保ってもらいたいものだ。


 不意を突かれた三好軍はいいところなしで散り散りに逃げ出した。

 同時に一向衆と第二軍団の戦端が開かれた。投擲された炸裂雷筒の爆発音と地響きが鳴り止まない。やっと止んだと思ったら今度は鉄砲の発砲音が轟轟と鳴り響く。


 門徒は改宗して一向宗から離れさえすれば、死なずに済んだのだ。念仏を唱えたければ、他の宗派でもできる。それをしないのは南無阿弥陀仏と唱えれば救われると思っているからだ。

 念仏を唱えるだけでいいのだから、こうやって徒党を組む必要などない。本願寺を仰ぐ必要などなく、念仏を唱えればいい。それで救われるのだから。あいつらは自分たちのやっていることに矛盾があることに気づきもしない。


 四時間もすると戦いは終わった。一向宗門徒の死体で地面が埋め尽くされている。そこに三好の兵も少しは混ざっているが、こちらは精々二〇〇〇といったところだろう。多くは一向宗門徒の死体だ。


「信泰はそのまま大坂御坊を更地にし、和泉を平らげろ」

「承知!」


 信泰が良い笑みだ。


「虎益。堺のアホどもはどうしているか」

「三好が破れたと知り、上を下への大騒ぎにございます」


 望月虎益は無表情で報告する。太政府を開いた後に、三好につくなら潰すと警告しておいたのだがな。度し難い奴らだ。


「愚か者どもめ。そんなに死にたいのなら、思い通り殺してやろうではないか。室住虎光に兵五〇〇〇を与える。堺を更地にしてこい」

「お任せください!」


 出番が来たことが嬉しいのだろう、室住虎光も信泰同様に満面の笑みだ。


「俺は摂津を平らげる。畿内平定まであと一息だ。油断することなく粛々と敵を踏みつぶせ!」

「「「はっ!」」」


 

ご愛読ありがとうございます。

これからも本作品をよろしくお願いします。


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