080 天下へ大号令
この物語はフィクションです。
登場する人物、団体、名称は架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
感想で太政大臣の指摘をされている方がいますが、この話を読んで怒らないでくださいね。元々こういう流れで書いているので……。
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080 天下へ大号令
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大永七年六月一日。(一五二三年)
去る五月二五日に太政府に従わなかった大名と寺社を卑賊と称して、討伐令を発した。その第一陣として佐竹・六角軍に、丹波へ進軍してもらう。
「右馬頭殿の健闘を願っている」
「はっ。必ずや丹波を平定してみせまする」
右馬頭は佐竹義篤のこと。常陸介でもあるが、右馬頭のほうが通りがいいだろう。右馬頭には、今回の丹波平定軍の総大将を命じた。
「弾正少弼も頼んだぞ」
「はっ。お任せください」
六角定頼は正五位下弾正少弼。
六角家は俺に臣従したから武田軍と言えるのだが、半独立状態だ。南部などと同じだ。
佐竹・六角連合軍の総兵力は一万五〇〇〇。佐竹軍が一万、六角軍が五〇〇〇だ。
後詰として諏訪頼満の第六軍団一万五〇〇〇を高島から向かわせるが、メインは佐竹・六角連合軍になる。
「殿! 行ってまいります!」
「元気なのはいいが、あまり無茶をするなよ」
「任せてください!」
弟の武田信貞は第一軍団二万を率いて河内に侵攻する。本来第一軍団は叔父縄信が軍団長だが、今は俺の直轄軍を指揮しているため信貞を軍団長代理にした。副軍団長は信貞の義兄である三浦義意だから、しっかり補佐してくれるだろう。
「義意。信貞のことを頼んだぞ」
「はっ。身命を賭してお守りいたします」
「身命を賭す必要はない。危なそうなら退け。無理に攻める必要はない。援軍ならいくらでも送ってやるからな」
「はっ」
三浦義意にとっては義弟の信貞が出世することで、自分の地位が上がる。信貞は俺の弟だから出世しても嫉妬は少ない。その陰に隠れて自分もと思っているのだろう。それで良い働きをしてくれるなら、まったく構わない。むしろしっかり働いた者にはちゃんと褒美を与えるから、隠れてないで出て来い。
「氏時も頼んだぞ」
伊勢氏時―――伊勢氏綱の弟で今までは越中武田の与力だったが、上洛する時に俺の下に戻した。その伊勢氏時を軍師待遇にして弟信貞につけた。
「はっ。信貞様をしっかりお支えいたします」
長男の氏綱や末の弟の長綱に比べると地味だが、決して無能ではない。血気に逸ることもないから、冷静に弟信貞を補佐してくれるだろう。
大和の興福寺同盟(筒井、越智、十市、箸尾など)が紀伊の畠山を牽制しているから、河内制圧はそこまで苦労しないだろう。それでも戦というのは何があるか分からない。不測の事態はいつ発生するか分からない。だから不測の事態というのだ。
海野棟綱の第四軍団一万五〇〇〇は第一軍団に代わって大垣城へ入った。補給を担当してもらうためだ。
今回の討伐令の対象、つまり敵対している者たちを『卑賊』と呼称することにしたのは前述の通りだ。これは太政府に背く卑しい者という意味の造語だ。
朝廷に背いた者を『朝敵』と言う。この朝敵を使っても良かったんだが、もし武田が負けて滅んだ場合に朝廷に迷惑がかかる。だから卑賊にした。
俺の太政府は朝廷であって朝廷ではない。俺が正三位で太政大臣になったのも通常の朝廷ではあり得ないことだが、武田の世はこれまでとは違うのだと知らしめる目的がある。これは主に公家に対しての牽制だな。
今までのことに拘ってあれこれ言う頭の固い奴らも居るが、だからなんだと言っている。そもそも無責任に前例を出す奴に、配慮する必要はない。建設的な討論ならいくらでも受け入れるが、ただ前例がないからと拒否する奴の言葉を聞く意味はない。意味のある言葉を吐けってんだ。
大げさな表現ではなく、そういう奴らのせいで今の日ノ本の目を覆いたくなるような惨状があるのだ。そいつらを皆殺しにしてやりたいのを、ぐっと堪えている俺は大人だと思うよ。
足利の世が終わり、新しく武田の統治が始まった。それに伴い、朝廷のありようも少しずつ変わっていく。その手始めとして俺の太政大臣就任なのだ。俺が正三位だろうと従五位下だろうと関係ない。
「殿! 某も出陣したいです!」
板垣信泰が怒鳴った。
「耳に響くから、大声を出すな」
「これは地声です!」
「留守番が気に入らないのは分かるが、お前は一向宗担当じゃなかったのか」
自分でそんなこと言ってなかったか?
「一向宗だけでなく全て相手にします!」
「他の者にも手柄を立てる機会を与えてやれ。お前がこれまで俺に尽くしてくれたことは、誰も否定しないのだから」
「むむむ……」
まったくいい年して今だに血気盛んかよ。俺が天下に号令したから、気が高ぶっているんだろう。
「河内はすぐに落ちるだろう。そうなれば次は一向宗と三好が相手だ。お前の出番だ。それまで待て」
「承知。源四郎来い! 揉んでやる!」
「えっ!?」
信泰が源四郎こと飯富虎昌を引きずっていった。気分転換に稽古するんだろう。虎昌なら耐えてくれるはずだ。ガンバレ。
さて戦も大事だが、他にもやらなければいけないことがある。官位の見直しだ。正五位上などの位階のほうはいい。だが職のほうは古すぎるし複雑なところがあるのだ。
朝廷が開かれてから長い月日が経過したことで、職は形骸化されてしまった。史実で武田信玄が就いていた大膳大夫などは宮中の食事や儀式の饗膳などを司った役職なのに、そんなことしていたわけじゃない。職なのに職になってないのだ。
そういった形骸化された職を立て直さなければいけないし、職掌を再度徹底しなければいけない。もちろん職掌を今現在の状況に沿ったものに、見直す必要もある。
まあこれに関しては以前から進めていたからまだいい。それに叔父信賢と弟の次郎に任せているから、俺は他のことをするつもりだ。
考えてみると、俺の周囲って文官が少ないよな。武将は頼もしい者ばかりだが、文官となるとやっぱり少ない。足利幕府で政所執事だった伊勢家は文官として今も政に関わっている。考えたら、伊勢家って強かだな。そのおかげで助かっているんだが。
文官不足の対策として公家の中から引き抜きを行おう。ただし暫定的なもので、五年とか一〇年の期限つきだ。任期中は俸禄を出して、任期を全うしたら退職金か年金を与えればいいだろう。
その間に武家の子供たちを教育して、文官になれる者を見つけよう。
あとは訴訟だ。これが一番面倒で大事なものだ。特に領地に関する訴訟はめちゃくちゃ揉める。双方の言い分を聞き、判断を下す。下手をすれば恨まれるし、不満が大きいと反発する。
多治比元就と武田光和が平伏している。
「面を上げよ」
二人が顔を上げるが、相変わらず武田光和は多治比元就に敵意むき出しだ。
「さて、本日は領地の沙汰をする」
この二人の勢力争いに終止符を打つための場だ。もっとも、安芸は他にも多くの国人が乱立していて、いくつかは大内の傘下に入っている。
大内は上洛しなかった。つまり太政府に反抗するということだ。やれやれだよ。
「が、状況が変わった」
二人がどういうことだという表情をした。
「大内が安芸に攻め込み、佐東銀山城を始め多くの城を落としている」
「「なっ!?」」
銀山城は武田光和の居城だ。その佐東銀山城が落ちたということは、武田光和に衝撃を与えた。
「くっ、大内めっ!」
今まで多治比元就に向かって殺気を放っていた武田光和が青ざめた。
「すぐに佐東銀山城に戻らねば! ごめん」
飛び上がって部屋から出て行こうとするのは、武田光和だ。
「待たれよ、武田殿」
驚いていた多治比元就だったが、すぐに無表情になって武田光和を止めた。
どうでもいいことだが、武田と言われると「はい」と返事をしそうになるからややこしい。
「止めるな、元就っ!」
「相国様の話は終わってござらんぞ」
「っ!?」
多治比元就の言葉にはっとした武田光和が、俺を見た。どうしようか迷っているようだ。迷うなよ、俺は退出の許可を出してないぞ。
「元就の言う通りだ。一度落ちついて、そこに座れ」
俺の言葉に従い、武田光和が座り直す。
「相国様。お聞きしてもよろしいでしょうか」
多治比元就だ。俺は頷く。
「毛利領は、吉田郡山城はどうなりましてございましょうか」
「毛利領も同じだ」
「左様で……」
多治比元就が目を閉じ、唇を噛んだ。相当悔しいんだろうな。
「だが安心しろ。そなたらの家臣や家族の多くは無事だ。それに約束通り太政府がそなたらの領地を取り戻してやる。人さえ無事なら復興は叶う」
当主が上洛して不在の時に攻められたら、太政府が攻めた勢力に必ず報いを与える。上洛した者たちには、そう約束している。だから当主が京の都に来いと言ってある。
毛利のように当主が子供の場合は、当主とその後見人が来いとも。老齢とか病気で来れないなら、若くて健康な者に当主を譲れとも言った。だから多治比元就も甥で当主の幸松丸と共に上洛している。
「そなたらの所領はしばらく大内に貸しておく」
「相国様っ!?」
「まあ落ちつけ、光和」
「これが落ちついていられますか」
「だが今帰ったところで、お前は大内に捕まり首を切られるだけだぞ」
「くっ」
「貸しておくと相国様は仰りました。返却があるものと信じてよろしいでしょうや」
多治比元就が真っすぐ俺を見つめて来る。肝が据わっているのか、なかなか太々しい。
「当然だ。しっかりと返却させる。もちろん利子をつけてな」
利子と聞いた二人の反応は真逆だ。武田光和は利子を思い浮かべ上気し、多治比元就は冷静に俺を見つめた。
「相国様。その利子とはなんでございましょうか」
冷静な多治比元就が聞いてきた。
「そう焦るでない。その前に俺が確認しなければならんからな。お前たちは、自分たちの手で安芸を取り戻す気はあるか?」
「もちろんにございます!」
「是非もありません」
怒鳴るような武田光和、落ちついて答える多治比元就。両極端な奴らだ。
「今は畿内を安定させるため、安芸に軍を出せん。だが、畿内はすぐに落ちつく。畿内が落ちついたら、四国か山陰、山陽を平定することになる。その時が来るまで我慢しろ」
今回、尼子経久は上洛している。この時の尼子はまだ出雲を中心に岩見と安芸の少しを領有しているだけで、大内と比べると国力は圧倒的に少ない。
それでも岩見と安芸で大内と接しているから日本海から兵を輸送して出雲から侵攻できるが、それは言わない。こちらにはこちらの都合というものがある。安芸だけに目を向けるわけにはいかないのだ。
「必ず安芸を取り戻してやる」
「おおおっ!」
武田光和が興奮するが、多治比元就は無言で俺を見ている。
「その時はお前たちにも兵を与えるゆえ、大内を滅ぼす戦いに参加しろ」
「「はっ!」」
二人が頭を下げる。
「さて、大内を滅ぼした後の話だ。安芸は武田と毛利で分ける。武田は賀茂郡、沼田郡、安芸郡、佐伯郡、高宮郡。毛利は山県郡、高田郡、豊田郡に分ける。武田が安芸守、毛利が安芸介だ」
「安芸は武田の―――」
俺は手を上げて、武田光和の言葉を遮った。
「俺は提案しているのではない。命令しているのだ。それが嫌なら、この話はなかったことにする」
「相国様のご命令、しかと承りました。毛利に依存はございません」
「元就はこう言っているが、光和はどうする」
歯を噛み多治比元就を睨み、ぐっと握った拳。その拳が開かれると、武田光和は平伏した。
「相国様のご命令に従います」
「それでよい」
俺は頷き、扇子で膝を二度叩く。その合図で一人の男が部屋に入ってきた。まだ若く、日に焼けた浅黒い肌の男だ。
武田光和と多治比元就はその男を見て、目を見開いた。顔くらいは知っているようだ。
「相国様にご挨拶申し上げます」
「よく来たな」
「はっ。お呼びとあらば、どこへでも」
「ははは。以前声をかけた時は、断られたがな」
「その節は大変失礼しましてございます」
現れたのは村上康吉。村上水軍を率いる男だ。俺が太政府を開いたことで、臣従してきた。
以前渡りをつけた際は臣従を断られているが、そんなことは気にしてない。幕府を開いたわけでない俺に臣従する利はないし、東国を平らげたとはいえそれは瀬戸内海から遠い国の話だ。
だが今は違う。足利幕府は正式になくなり、太政府が政を行う。これは帝のご意思なのだ。
「康吉は元就と協力して、大内の情報を集めてくれ」
「承知しましてございます」
「元就もいいな」
「はっ。村上殿、よろしく頼む」
村上康吉が頷く。武田光和が自分には何かないのかと俺を見る。
「光和は甲斐武田軍の特徴を覚えよ。しばらくは板垣信泰に預ける」
「はっ! 板垣殿、よろしく頼みまする」
地声が大きい者同士、気が合えばいいんだが。
――― 安芸武田の領地(予定) ―――
賀茂郡五万五〇〇〇石、沼田郡二万二〇〇〇石、安芸郡三万五〇〇〇石、佐伯郡三万五〇〇〇石、高宮郡一万五〇〇〇石。合計一六万二〇〇〇石。
――― 毛利の領地(予定) ―――
山県郡三万石、高田郡四万石、豊田郡五万五〇〇〇石。合計一二万五〇〇〇石。
――― 武田軍の動き ―――
・信虎直営軍二万五〇〇〇 ⇒ 京の都に駐留
※ 直営軍の五〇〇〇は桑名で北畠を牽制していたが、北畠が臣従したことで合流
・板垣信泰の第二軍団二万 ⇒ 京の都周辺に駐留
・金丸筑前守の第七軍団一万五〇〇〇 ⇒ 甲賀に駐留
・佐竹・六角連合軍一万五〇〇〇 ⇒ 丹波へ侵攻
※ 佐竹軍一万 + 六角軍五〇〇〇
・諏訪頼満の第六軍団一万五〇〇〇 ⇒ 近江の高島から丹波の後詰に
・武田信貞、三浦義意の第一軍団二万 ⇒ 河内へ進行
・海野棟綱の第四軍団一万五〇〇〇 ⇒ 大垣城を拠点に補給を担当
ご愛読ありがとうございます。
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