079 天下へ大号令
この物語はフィクションです。
登場する人物、団体、名称は架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
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079 天下へ大号令
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大永七年四月吉日。(一五二三年)
俺は昇殿して正三位の位をいただき、太政大臣と征夷大将軍に任じられた。
「直答を許すと仰せである」
関白二条尹房様がそう言うと、御簾が上げられた。俺は慌てて頭を下げる。
「面を上げるがよい」
「はっ」
御簾越しにしかお目にかかったことはないが、まさか帝と直にお目にかかれるなんて思ってもいなかった。
「相国よ。この国を頼みおくぞ」
相国というのは、太政大臣の唐名のことだ。皇帝を助けて政を執り行う宰相という意味だと思えばいい。
「はっ。身命を賭して取り組む所存にございます」
俺が頭を下げて答えると、御簾が下がって帝は退席された。
何はともあれ、これで俺は天下に号令できる。
唐や明と違うのは、相国(太政大臣)が全ての政を行うこと。帝は政を行わないのだから、全権は俺にある。現代のイギリス王室に似ていて「君臨すれども統治せず」が日ノ本の皇室だ。イギリスと違うのは、太政大臣の俺が絶対君主のように全権をもっていることだろう。
驕ってはいけないが、遠慮する必要はない。大鉈を振るってでも日ノ本をまとめてみせる。足利のように弱い統治者でないところを見せつけよう。
武田屋敷に戻った俺は、重臣たちを集めた。
「全国の大名国人へ使者を送る。ただちに上洛して俺の傘下に入るか、滅ぶかを選べとな」
本来なら宴会を行うのだろうが、それは日ノ本を統一してからでいい。ただし公家相手の酒宴は開く。そういうのも太政大臣には必要なのだ。
「いよいよですな」
「信泰の腕の見せ所だな」
「お任せくだされ。さっそく一向宗どもを血祭りにあげて見せましょうぞ」
長島で一向宗と激しく戦った板垣信泰が気炎を吐く。まだお前に一向宗を任せると言ってないんだがな。
「同時に公家以外の官位を全て無効にする官位無効令を発する。今後は太政府が与えたものが正式のものであり、僭称を許さぬ。よって、手始めに皆に官位を与える」
官位は世襲制ではない。僭称している者は論外。それをした奴は罰する。そして過去に朝廷が与えた官位は全て無効にする。これによって全ての武士は無位無官になるから、俺の家臣に官位を与えることで他の者と優劣をつける。
「武田縄信」
「はっ」
「従四位上、兵部卿及び陸奥守に任じる。以後も期待しているぞ」
「ありがたき幸せにございます」
これまでの官位は全てリセットだから、元々叔父縄信に与えられていた従四位下左京大夫は無効だ。代わりに従四位上、兵部卿に任じた。あとは領地にちなんで陸奥守も与えた。
ちなみに朝廷が官位を与えられるのは公家のみ。それ以外には俺が官位を与えるように住み分けしている。そのための太政府だ。
当然だが朝廷が与える官位は、朝廷内の仕事と祭祀に関するもののみ。官位は多岐に渡っているため、仮に官位が被った時は職掌権限を分けるなどの対応をする。最悪は令外官を設けて対応することになっている。それに職務手当も太政府では出さない。それは朝廷の予算内でやってもらう。だから官位をめったやたら与えるのは自分の首を絞めることになる。
「松尾信賢」
「はっ」
「これまでの働きに報い、伊勢桑名郡及び員弁郡を与える。以後は武田姓を名乗るがよい。また従四位上、治部卿及び伊勢守に任じる。これからも励めよ」
「この武田信賢。相国様にお礼申し上げます」
伊勢国の桑名郡と員弁郡で合わせて一四万石ほど。叔父縄信の岩代およそ五〇万石に比べるとかなり少ない。だが桑名には湊がある。桑名湊から得られる収入は石高の少なさを補うものだ。
「武田信友」
「はっ」
俺のすぐ下の弟の次郎だ。以前は頼りなく見えたが、最近は少し頼もしくなった。
「従四位上、左大弁に任じる」
「相国様に感謝申し上げます」
左大弁は太政官の職で唐名は尚書だ。次郎の左大弁以上の太政官は俺しかいないから、今のところは太政官のナンバーツーだな。
「武田信房」
「はっ」
出家して吸江英心と名乗っていた弟の信房は、還俗して叔父信賢をよく補佐して朝廷工作をしてくれていた。
「信房には信濃国伊那郡を与え、正五位上式部大輔に任じる」
「望外の慶びにて、一層の忠勤に励みまする」
信濃は早くから俺の領国になっているから開発も進んでいて、伊那郡はおよそ一八万石だ。場所は信濃の下側だと思ってもらえばいい。
「武田信貞」
「はい!」
弟の三郎こと信貞は元気がいいな。まだ二〇歳というべきか、もう二〇歳というべきか。もう少し落ちついてもいいと思うが、これが信貞の個性だな。
「近江国高島郡を与える。官位は従五位上兵部少輔だ」
「え、兵部少輔ですか!?」
「従五位下から従五位上に位階が上がっている。不満か?」
「いえ、位階が上がっているのなら、喜んでお受けいたします!」
「お前、自分の位階を忘れていただろ」
「……そ、そんなことないですよ」
目を逸らした。絶対忘れていたな。まったくこいつは……。
信貞は頭は悪くないんだが、興味のないことに脳のリソースを使わないのだ。官位は高ければ嬉しいが、それだけで特に興味はないのだ。
「高島郡は京の都にも近い、心せよ」
「はい!」
信貞に関してはこれまで玄米で二万石を与えていたが、そろそろ独り立ちさせていい頃だろうと思って今回近江の高島に領地を与えることにした。
高島郡の石高は八万石ほどだが、塩津港の権利も与える。北陸から京の都へ物資を運ぶ時に、拠点となる港だ。やり方次第で経済力を蓄えられる場所だから上手く統治してもらいたいものだ。
「さて、ここにはいないが、越中の武田信守は正五位上左京大夫に任じる」
信守も左京大夫は留任だが、位階は上がっている。
今まで領地を与えてなかった三人には、これまでの働きに報いるために官位の他に領地を与えた。切りがいいからな。
武田一門の主だった者はこのくらいで、次は重臣たちに移る。
長いから割愛するが、今までの官位以上を与えていく。最低でも現状維持だ。
そして同盟国と従属している者たちにも官位を与えた。
同盟国は朝倉と佐竹だ。
朝倉家当主の朝倉孝景には、従四位下左衛門督及び越前守。朝倉教景(宗滴)には、正五位下左近衛少将。
佐竹義篤には従四位下右馬頭及び常陸介。親王任国の常陸は常陸介が国司扱いだ。
基本的には、その国の中で最も勢力が大きい者を国司に任命する。次郎信友に出羽守を与えることもできるが、出羽守は甘利に与えるつもりだ。隠居しても官位は与えられるしな。
あと、そのうち陸奥を陸奥、陸中、陸前、磐城、岩代に、そして出羽は羽前と羽後に分けるつもりだ。一気になんでもやってしまうと、混乱するから今はいい。
大永七年五月一五日。(一五二三年)
畿内、山陽、山陰、四国、九州の各地から使者が集まっている。もちろん全員ではない。
意外なのは多治比元就(毛利元就)もいることだ。武田光和がさっきから睨みつけている。ここで刃物沙汰なんて起こしたら、いくら同族の武田でも光和を処罰しなければいけない。最初に念を押してあるが、今にも切りかかりそうだ。
伊勢の北畠はやってきたが、細川、畠山、三好はいない。それでいい。こいつらが全員やってきたら俺が困る。近場で見せしめにする奴がいなくなるじゃないか。
あと一向宗も来てない。来るわけないよな。還俗しないと領地を持ったらいけないんだから、俗物の坊主どもがそれを認めるわけない。
寺社の反応が意外だった。
なんと比叡山から代表者がやってきたのだ。これには驚いた。織田信長のように比叡山を焼かなければいけないかと思っていたんだが、この世界では回避できそうだ。
現在の第一六五世天台座主は伏見宮貞敦親王の王子である堯尊法親王で、その前の第一六四世天台座主は後柏原天皇の第五皇子尊鎮法親王。さらにその前の第一六三世とさらに前の第一六二世天台座主も伏見宮家の王子だった。それ以前も公家の子の名が多く連なっている。そういった縁故を使い、比叡山を説得するように働きかけてもらった。
かなり揉めたようだが、長島の一向宗の二の舞になると言われたら従うしかなかったようだ。
春日大社も従った。こっちは興福寺の影響だ。兼継と筒井順興などが説得してくれた。興福寺と春日大社は一心同体のような感じらしい。平安時代では興福寺が春日大社の実権を握っていたそうだが、今はそこまでではないらしい。それでも影響力はかなり持っているとか。
伊勢神宮も従ってくれた。こちらは朝廷が総がかりで説得したらしい。なんと言っても帝の祖先を祀っているのだから、ここを焼かれるわけにはいかないと思ったのだろう。
伊勢神宮が従うことになると、他の神社も態度を軟化させてきた。
目立った反抗宗教は一向宗(浄土真宗)だけだ。宗教の中では孤立無援となってしまったようだ。ざまあ。
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