078 天下へ大号令
この物語はフィクションです。
登場する人物、団体、名称は架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
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078 天下へ大号令
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(続)大永七年三月二二日。(一五二三年)
「征夷大将軍はあくまでも武官の長。政を行うのは太政府にございます」
太政大臣が太政府を開府し、太政府によって政が行われる。
朝廷には祭祀を司ってもらう。今あるものから、廃れてしまったものまでなんでも好きに取捨選択してもらって構わない。公家に仕事を与えたいなら増やしても構わない。朝廷の予算内でしてもらえば、文句はない。
「祭祀をのう」
近衛稙家様が顎を撫でる。叔父信賢から新しい政の組織や枠組みは伝えている。今までの枠組みを変えるのだから、不満があるのは当然。
新しいことを嫌うのが公家だ。前例主義で慣例が大好き。だから新しいことは受け入れづらいだろう。だがそれ以上のメリットを提示したらどうか? これまで困窮を極めていた朝廷や公家たちが自由にできる予算を与えたら?
「毎年一〇万貫。本当に良いのだな」
俺が太政府を開いた後は、朝廷に毎年一〇万貫を納めると言ってある。鷹司兼輔様はそれを確認している。
一〇万貫はおよそ二〇万石分の米と同価値だ。五公五民なら四〇万石の領地から得られる税収である。もちろん俺たちが商人に米を売るときは安くなるから、石高としてはもっと多くなるだろう。困窮を極めている朝廷にとって、喉から手が出るほどほしいものだ。
「禁裏御料所や公家領(荘園)は全て太政府の所有になりますが、一〇万貫を毎年ご用意いたします」
以前から朝廷には色々と上納してきたが、それらは全てリセットしてこれからは朝廷の予算として毎年一〇万貫を納める。使い方は朝廷の自由。もちろんだが、なくなっても知らない。そこは自己責任だ。ただし不測の事態はあるだろうから、そこら辺は臨機応変に対応する。
皆様の表情が柔らかいものになるが、これは皇室と公家が同意しなければできない。公家の荘園のほとんどは横領されているのだから、こっちのほうが得だ。それでも反対があったらやらない。そしてこれをやった後にどこそこは自分の荘園だとか抜かす公家は、朝敵にすることを約束してもらう。これ絶対。後出しは認めない。ぶっ飛ばす。
公家たちに荘園を与えても管理できないから銭を渡すことにしたんだが、荘園の領有を主張するならそれでもいい。最悪は一〇万貫の銭を減額するだけだ。それにその公家には太政府の庇護を与えない。誰かに取られても太政府は知らん。
そうなったらそうなったで、他の公家から総スカンを食らうと思うけどね。
「たしか銭を鋳造するとか」
九条尚経様が確認したように、銭を鋳造するつもりだ。明(外国)の銭を使うなんてナンセンス。この国独自の銭を鋳造して流通させる。
「現在銭の鋳造を準備しております。よって今までの銭は全て使えなくなります。その時は一〇万貫相当の銭を朝廷に納めさせていただきます」
政は太政府でやる。銭の鋳造もだ。武田領内ではすでに私鋳銭を使っているが、金銀の銭にも手を出す。これからは日ノ本の全てで銭による売買が主流になる。
博多から流出していた銅も抑えている。明で銅に含まれた金銀を抽出していたが、それを武田がやっている。今頃、明が銀不足に陥っているかもな。こっちが知らないからと、銅の価格で金銀を盗むような奴らがどうなろうが俺は知らん。
太政府を開いたら金銀銅の輸出は禁止する。明や朝鮮、南蛮からものを購入する時はできるだけ石鹸などの産物を物々交換させる。銭の時代に逆行するが、金銀銅は有限だ。それを流出させるのはよろしくないから石鹸などの産物と交換だ。
それから朝廷には祭祀だけじゃなく文化も面倒を見てもらうつもりだ。俺ではまったく分からない和歌や能楽、雅楽などの芸能分野だ。その分は別で予算を組んで対応する。公家の中にはそういったものを代々受け継いできて家業にしている家も多いからいいだろう。
もちろん帝の身の回りの世話は朝廷でしてもらう。
問題は神事が朝廷の管轄になるから、寺社の所管を朝廷に任せるかどうかだ。寺社に関しては面倒なやつが多いから、公家では対処しきれないと俺は思っている。それでも寺社に関しては朝廷に任せることにした。ただし寺社領は没収する。もちろん規模に見合った銭か米を渡す。
「寺社は面倒じゃぞ」
一条房家様が苦笑している。俺もそう思うから苦笑で返す。
「坊主は念仏を唱えていれば良いのです。領地を運営する必要はございません。どうせ一向宗からは恨まれているのです。他の寺社から恨まれようと、なんとも思いません」
「左大将殿は豪気じゃな」
「同じ仏教でも宗派が違えば教えも違います。そういった矛盾を持つものに寛大に接しているつもりなのですよ」
一条房家様だけでなく、皆様が苦笑した。俺の宗教に対するスタンスは「政に関わるな、欲を出すな」というものだ。布教を邪魔する気はないが、政に口や手を出したら容赦はしない。ただそれだけの至ってシンプルなものだ。
細々したことを詰めて、五摂家の方々は帰っていった。いや一条房家様だけ残った。どうしても縁談をまとめるつもりらしい。
「ありがたいお話にございますが、確認をさせていただきたいことがあります」
「なんじゃ?」
「房通様は冬良様の姫を妻に迎えていたはずでは?」
一条房家様が目を伏せた。
「姫は昨年逝った。年末のことだ」
「……お悔やみ申し上げます」
まだ最近じゃないか。それなのに次の妻を決めていいのかよ。
「本来は喪に服すところだが、一条本家を継げる者は少ないためそうも言っておられないのだ」
家を保つというのは、大変なことだ。特に血筋が途絶えることはなんとしても避けなければいけない。五摂家の一条家ともなると、そういった使命があるのだろう。それは武田でも他の大名でも同じだが、坂東武者は家を残すことより名を遺すことを選ぶ奴も多い。その考えは嫌いじゃないが、家を残すことも大事だ。
「我が娘はまだ一〇歳ですが、末の妹が年頃です。今年で一五歳になり、名を桜子と申します。どうでしょうか」
年齢的には桜子のほうが合う。母上からは早く婿を見つけろと催促されていたが、末の妹ということもあってなかなか手放すことができなかった。娘も可愛いが、妹だって可愛いんだ。だから年齢順で嫁に出す。正直に言えば婿を迎えて俺のそばに置いておきたいが、タイミングが合ってしまったのも運命だろう。
「ふむ、左大将殿の妹か」
瞬考した一条房家様は頷いた。
「体は丈夫か?」
「お転婆で困っています」
薙刀や小太刀を嗜む……かなりの使い手だ。男だったらと残念に思うほどに。
「あい分かった。婚儀はいつにする」
「さすがに喪中にとはいかないでしょう。喪が明けてからということで如何でしょうか」
「それもそうか。では来年の正月ということでいいかな」
「はっ。そのように手配をいたします」
一条房家様は納得して帰っていった。
桜子を一条家に嫁がせることにしたと、母上宛てに書状をしたためた。太政府を開くから忙しいが、桜子の婚儀の準備も増えてさらに忙しくなるだろう。母上たちに丸投げになるが、妻たちもいるから準備は大丈夫なはずだ。
「さて、叔父上たち」
母への書状を書き、近習に渡した俺は二人の叔父に目をやった。
「一条様のこと、知っていましたね」
二人が目を逸らした。
「摂関家との婚姻話のような重要なことを隠すとは何事か」
怒りが湧き上がってくる。
「某たちも直前になってお聞きしたのです」
「一条様が殿には内密にと申されたのだ」
バツが悪そうに話す叔父信賢と叔父縄信。
「まったく……一条様も一条様だが、そんなことに乗せられてどうする。子供じゃないんだぞ、叔父上たち」
本当に困ったものだが、久しぶりに驚いた。東北で伊達や最上が裏切った時でもそこまで驚かなかった俺を驚かせたのだから、やったほうは満足だろう。
大永七年三月二九日。(一五二三年)
畿内の大名国人たちに使者を送り、上洛するように命じた。その際「足利の世は終わりを迎えた。これからは武田が政を行うから従え」と書状をしたためた。祐筆が書いたものに、俺が署名捺印したものだ。印は『風林火山陰雷』を作った。
武田信玄の『風林火山』をパクって『陰雷』をつけたものだ。この時代では俺のほうが先に使っているから問題ない。そもそも武田信玄は俺の子孫になる(多分)のだから、問題ないのだ。
ちなみに『風林火山陰雷』の後に続きがあるのだが、難しいので却下だ。
畿内の勢力は紀伊と河内に畠山、伊勢に北畠、和泉と摂津に三好、大和に興福寺、丹波に細川、そして一向宗も居る。
まずはこれらの勢力に使者を送った。もちろん三好や細川、そして一向宗が俺に頭を下げにくるとは思っていない。
「初めて御意を得ます。拙僧は西大寺別当を務めます兼継と申します」
興福寺はすぐに代表者がやってきた。
「筒井順興と申します」
兼継という僧と共に筒井順興という僧がやってきた。あと二、三〇年後に生まれる筒井順慶の祖父ではないかと思う。さすがにそこまで記憶してないから多分としか言えないが。
「武田左大将信虎だ。今日はよく参った」
平伏する二人の頭は見事に剃髪してある。筒井順興は綺麗な形をしているが、兼継は凸凹だ。こうやって坊主の頭を見ると、人の頭の形は顔と同じで個人差が激しいのが分かる。
「筒井といえば大神神社の神官だったか?」
「さすがは左大将様。よくご存じでいらっしゃる。筒井は大神氏の一族にございます」
大神神社、今は三輪神社と呼ばれる神社として有名だな。仏教が入って来た当初の大神氏は排仏派だったはずなのに、いつの間にか仏教と結びついている。仏教は神教と違って救いを与えることから民に受け入れやすかったのだろう。もっとも宗教によってだが。
「それで興福寺はどうするのだ?」
ちょっと世間話をしてから本題に切り込んだ。
「興福寺は左大将様の仰る通りにさせていただきます」
「ほう。それで良いのか」
「良いも何も、左大将様がお命じになったのではありませんか」
ごもっとも。しかしこんなにすんなり受け入れるとは思わなかった。寺社領の放棄は決定事項だが、もっとごねると思っていたよ。
興福寺は五摂家と縁が深く、近衛様と九条様が話を通してくれたようだ。
興福寺は文忠公(藤原不比等)が現在の地に開いた藤原氏の氏寺だから、その子孫である五摂家と縁が深いのも当然だ。
「興福寺は進んで俺の命を受け入れた。そのことは決して忘れぬ。安心するがいい」
「「ありがとう存じます」」
興福寺の寺社領は筒井のような家に分けられることになる。ただし筒井順興は還俗してもらうことになる。領地経営するのであれば僧籍は抜いてもらう。誰であろうと出家した者は政に関わることを許さない。出家したんだったら、読経でもしていろということだ。
「まさか興福寺がここまで簡単に折れるとは思わなかったぞ」
「一向宗のことは聞き及んでおります。我らは欲にまみれたあの者たちとは一線を画しております」
俺が長島で一向宗門徒どもを皆殺しにしようとしたことは、他の社寺にとっては他人事ではない。俺を敵に回せば、どれほど権威があろうと皆殺しにされると思ったのかもしれない。
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