074 将軍逝く
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074 将軍逝く
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大永六年五月二日。(一五二二年)
将軍足利義稙が逝ったことで、管領細川高国はかねてから誼を通じていた亀王丸を京の都に呼び寄せることにした。
本来であれば、ここで若狭武田が出てくる。だが、北近江の高島や朽木に、俺が軍を配置したことで動きが取れない。支援はしたようだが、軍は動かしていない。
亀王丸は赤松義村に保護されていたが、その赤松義村は重臣の浦上村宗と争い、負けて勢力はほとんどない。若狭武田が動けないため、高国は赤松と浦上を和睦させて亀王丸を上洛させた。
すぐに亀王丸に将軍宣下があるものと高国は思っていたんだろうが、幕府が亀王丸を将軍にと上申してから一カ月経過しても朝廷からはなしのつぶてだった。
もちろん、このことには武田の意向が反映されている。亀王丸を将軍にするということは、これまでの戦乱の世を肯定すること。それを武田は支持しないと、関白様を通して明確に意思表示している。
朝廷に圧力をかけているわけではないし、意思表示をしているのは秘密でもない。当然のことだが、高国もそれを知っている。
高国はなんとか将軍宣下を引き出そうと公家に圧力をかけたが、公家の多くは荒れ果てた京の都を脱出して、美濃や相模に下向している。
関白様は京の都に留まっているが、屋敷に幕府の者が訪れると居留守を使う。さらに、二条家の屋敷は武田が警護しているため、幕府や幕閣の圧力に屈しない。
望月虎益の配下や幕閣内の内通者によって情報は筒抜けなので、不穏な動きがあればすぐに関白様を甲賀に移すことができるようになっている。
高国はなんとか亀王丸を将軍にしようと動いているが、上手くいかないため下の者にかなり厳しく当たっていると聞く。
そんな中、六角定頼が小田原の俺のところへやってきた。臣従したいと言うのだ。
甲賀に金丸筑前守の第七軍団一万五〇〇〇、高島に諏訪頼満の第六軍団一万五〇〇〇、さらに美濃に海野棟綱の第四軍団一万五〇〇〇が駐留しているため、六角は三方向に合わせて四万五〇〇〇の軍に囲まれている。
それら三軍団は常備軍のため、いつでも動かせることを六角も知っている。一年を通して常に警戒しなければならないし、いつ攻められてもおかしくない状況下で過ごすのは、精神衛生上よくないと思う。
しかも、近淡海の水運は武田が完全に掌握していて、六角は経済的にも軍事的にも厳しい環境に置かれている。
限界に達したんだろうな。六角定頼は相模の小田原城へとやってきて、俺に頭を下げた。
「六角弾正少弼定頼にございます。左大将様におかれましては、ご機嫌麗しくお慶び申しあげまする」
「定頼殿。よく来た」
締め上げていたけど、こうまであっさり降るとは思っていなかった。
新将軍が決まらないということも、大きかったのだろう。新将軍が決まらないのは、武田が否と言っているからだ。つまり、次の将軍、またはそれに代わる職に就くのは足利の血筋ではないと、実感したのかもしれない。
「今後は左大将様の臣下として、力の限り働く所存にございます。何卒、宜しくお願い申しあげ奉りまする」
六角定頼の後ろには、六角家の重臣の半分が控えている。さすがに重臣全員を引き連れて小田原城までやって来ることはできない。周囲はほぼ武田に囲まれていると言っても、京の都に近い近江では何が起きるか分からないから楽観視はできない。
「よく決心した。今後は武田のために働いてくれ」
「はっ」
せっかく降ってくれたのだ、しっかり働いてもらおう。
ただし、俺の下につくことをよく思っていない者も多いだろう。そういった者たちの不満を解消するため、六角定頼はどうするか。そのことも合わせて目を光らせていこうじゃないか。
「定頼殿、いや、定頼」
「はっ」
「都の状況を聞こう。知っていることを話せ」
「はっ」
六角定頼の話は俺が知っているものばかりだった。だが、一つだけ俺の知らないことがあった。
将軍足利義稙は管領細川高国によって毒殺されたというものだ。その可能性があると思っていたが、さすがに証拠がない。
「証拠はあるのか」
「いえ、ありません。ですが、たしかな筋からの情報にございます」
たしかな筋か。六角定頼も独自の情報を持っているようだ。それもそうか。これまで、高国を支えてきた六角家なのだ。そういった情報網があっても不思議はない。
それに三雲も情報収集は得意だ。俺に降らなかった甲賀者を束ね、六角の情報担当として奮闘していたのは知っている。
「管領が将軍を殺すか」
「はっ」
俺も毒には気を付けよう。
「面白い話を聞かせてくれた。だが、それは今更だ」
「………」
「将軍が生きていようといまいと、武田には関係ない。形骸化した足利将軍家など、最初から相手にしておらぬ。そなたらも武田の考え方を学び、よく働け」
「恐れ入ってございまする」
六角定頼とその重臣たちが、俺の言葉を聞き平伏した。この言葉の意味をしっかり理解してほしい。
日ノ本を統一し、一つの国としてまとめる。その後のことも考えてはいるが、日ノ本も統一できない者にそれを語る権利はない。
その二日後、京の都で赤松義村が浦上村宗に殺されたと、報告があった。
亀王丸に将軍宣下がないことに焦れた高国が二人をぞんざいに扱ったことで不満が高まり、元々悪かった二人の仲も拗れたようだ。
高国はしばらくその後始末に追われることになる。本当に締まらない奴らだ。
▽▽▽
大永六年五月二五日。(一五二二年)
とうとうやってくるべきものが来た。勧修寺尚顕様だ。
勧修寺尚顕様は京の都と小田原を何度も往復して大変だろうが、こればかりは俺の望むものが出ないと何度でも往復してもらうことになる。
「遠路はるばる、よくおいでくださいました」
京の都では高国が朝廷に圧力をかけているため、勧修寺様にも厳しい突き上げがあったと聞く。
その状態から脱することができ、さらには俺が希望するものが出せてほっとしたのか、表情が柔らかい。
勧修寺様が持ってきたのは、帝の勅詔だ。速やかに上洛し、天下に号令せよという内容のものだ。
とうとう俺に天下を任せると、帝のお言葉をいただいた。これで誰憚ることなく、天下に号令をかけることが出来る。
「左大将殿。どうか速やかに上洛されませ」
「ありがたきお言葉にございます。されど、奥州が未だに収まっておりませぬ故、某の上洛は来年になりまする」
「そこをなんとかなりませぬか」
「ご安心ください。京の治安は、この武田がすぐに安定させまする」
俺は伯父縄信の名を呼んだ。
「この武田左京大夫縄信を我が名代として、上洛させまする」
「真でおじゃるか!?」
「嘘は申しません。某も奥州が収まり次第、上洛いたしまする」
「お上もお慶びになるであろう。よろしく頼むでおじゃる」
やっと出た勅詔だ。天下を取れという勅詔だ。このことが高国に知られたら、あのバカが何をするか分からない。自暴自棄になって御所を襲うかもしれない。そうなる前に、速やかに京の都を押さえる。
「叔父上。身一つで美濃へ入ってくれ。軍団はすでに甲賀や高島などに配置してあるゆえ、俺の名代として各軍団を率いて上洛し、天子様をお護りいたせ」
「承知仕った!」
叔父縄信は一〇〇騎ほどを引き連れて、美濃の稲葉山城へと駆けた。そこで同じく叔父の松尾信賢から軍団の指揮権を引き継ぎ、各軍団に号令を発した。
美濃には海野棟綱の第四軍団一万五〇〇〇が駐留していたが、この時点で叔父縄信の指揮下に入った。
叔父縄信は稲葉山城から西美濃の大垣、不破の関を通って近江に入ると、甲賀に入れておいた金丸筑前守の第七軍団一万五〇〇〇、そして六角軍一万二〇〇〇、総勢四万二〇〇〇を率いて京の都へと上った。
高島の諏訪頼満の第六軍団一万五〇〇〇は、若狭や丹波を押さえるために高島から動いてはいない。何かあれば日本海側へ一気に雪崩れ込むし、逆に京の都にも近いので南下して高国を包囲するように動ける。
高国は兵を集めようとしたが、まったく集まらなかった。そりゃそうだ。相手は四万を超える大軍だ。しかも、まだ高島にも一万五〇〇〇の軍が存在する。
いくら金を積まれても、命のほうが大事だ。そもそもあっちこっち流転した高国には、地盤がない。そして、今の高国には銭もない。そんな地盤も銭もない奴に、兵は集められない。
叔父縄信はすぐに御所を押さえて、帝をその手中に収めた。
さて、他にどの勢力が動くのか。と言っても、三好と大内、大友を集めなければ今の武田には敵わない。あくまでも、兵力だけを見たらという感じだが。
そもそも、三好と大内と大友の三勢力は敵対している。三好対大内、大内対大友、三好対大友、この三勢力が仮に結んだところで、カスでしかない。
それにいくら数を揃えようと、装備の差は埋められるものではない。武田の武装は日々良い物になっていくぞ。鉄をふんだんに使った武器や防具、木曽だけでなく陸奥を押さえたことで馬も多い。
当然ながら鉄砲や大筒、そして火薬を大量に生産していることで破壊力は抜群だ。
そんな武田の二〇万の兵を西に向けることができる。しかも、一年もすれば陸奥と出羽から常備兵を補充できる。
時間が経てば経つほど武田は強くなる。その武田と本気で戦えると思っているのであれば、やってみればいい。一族の運命を懸けて戦えばいいのだ。
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