065 上総攻め
大永四年六月八日。(一五二〇年)
黒川城が落ちた。三方向から攻められて一カ月も持ったのだから、蘆名を褒めていいと思う。
これで岩代と磐城が手に入った。このまま進軍してもよかったが、岩代の蘆名はかなり激しく抵抗したため進軍は諦めた。
伊達と相馬のとりなしがあったので、蘆名を潰すことはしない。その代わり、今回の伊達と相馬はただ働きだ。蘆名を助けるのと差し引きゼロだな。
蘆名盛滋は二〇〇〇石、弟の盛舜は一〇〇〇石で召し抱えることにした。他の蘆名の一族と家臣も希望者は召し抱えることに。
小田原に戻った俺は、今回のことで戦功を立てた者たちを労った。宴会を開き、論功行賞をした。
今回、古参の家臣だけではなく、多くの若者も手柄を立てている。
故飯富道悦の息子、虎昌。見事に大将首を取ってきた。道悦も草葉の陰で喜んでいるだろう。
重臣甘利宗信の息子、虎泰。虎昌同様に武田二四名将の一人。虎泰もしっかりと手柄を立てている。
同じく重臣の原友胤の息子、虎胤。こいつも武田二四名将の一人。
彼らのような若い力が活躍してくれると、武田も安泰だ。
ここで奥州、羽州について勢力をまとめてみようと思う。
臣従は南部、大崎、伊達、相馬、葛西、留守、最上、戸沢。
留守の現当主である留守景宗は、伊達胤宗(稙宗から改名)の弟のため、伊達の分家のようなもの。
また、胤宗の子が葛西重信の養子に入っている縁で、葛西も武田陣営になっている。
最上義定の妻は胤宗の妹。ここでも胤宗の縁故が利いている。本来、こういうのは好ましくない。これでは伊達の影響力が残ってしまう。何か対策を考えなければいけない。
戸沢は安東、小野寺、浅利、斯波、和賀といった勢力に囲まれている。この勢力は後で述べるが、武田に臣従していない。だから、南部、葛西、大崎、最上に支援を命じている。もちろん、俺も援助は惜しまない。米を三万石と刀、槍、弓、矢といった武器を送った。炸裂雷筒や鉄砲を送ってもよかったが、火薬は慣れた者が扱わないと危険だから止めておいた。
敵対する勢力に関して、奥州では斯波や北畠などの名門の他に、和賀と稗貫が駄々をこねている。羽州では武藤(大宝寺)、小野寺、由利十二頭、安東、浅利、蠣崎だ。蠣崎は蝦夷(北海道)に勢力があるが、安東に臣従している。
これらの敵対勢力には、まずは海上封鎖をしかける。内地の勢力もあるが、海に面している勢力が多いので、蝦夷との交易する船が寄港できなくなって、経済が破綻するだろう。
武田も交易できないだろうって? それは問題ない。蝦夷の蠣崎を抑えさえすれば、武田の船は敵対勢力の湊に寄港することなく交易ができる。
では蠣崎を滅ぼすのか? と聞かれたら、違うと言うだろう。蝦夷の地は蠣崎に治めさせればいい。安東の領地に蝦夷の産物を扱う湊があるため、安東に形ばかりの臣従をしているだけだ。武田の船なら安東の湊を使わなくても問題なく蝦夷との交易が可能だ。それで安東などすっ飛ばして交易できる。
今の蝦夷(北海道)では米がほとんど採れない。だから、蠣崎には米を与え、こちらは蝦夷の物産を得ればいいのだ。
それから京の都の情勢だが、三好の支援を受けた細川澄元と、六角の支援を受けた細川高国の小競り合いが続いている。
将軍義稙は高国を排除したいため、澄元に近づいているそうだ。ただ、高国を管領から罷免はしていない。多分、高国がコテンパンにやられたら、罷免して澄元を管領に復帰させるんだろう。これは、義稙ではなく、幕僚の考えが強いと思う。
高国の味方は六角だけだと思っていたが、ここで何を思ったか武田と北畠が高国に味方した。武田と言っても俺ではない。若狭武田だ。参ったね、こりゃ。
「若狭は……元光か。たしか、先年代替わりしたばかりだったな?」
俺の前世の記憶が確かなら、将軍義稙が出奔した時に一二代の義晴を擁立して上洛した人物が武田元光だったはず。
義晴なんてどうでもいい。問題は、今回のことで三好之長と細川澄元が負けてしまうことだ。
今、思い出したけど、史実でも澄元は負けて阿波に逃げ帰っている。そして失意の中、阿波でその生涯を終えているのだ。
今回はそこまでの酷い負けではないようで、ホッとした。
「京の都はこれで少しは落ちつくか」
戦いが落ち着けば、公家たちが京の都に戻ることができるかもしれない。まあ、戻ったところで住む屋敷があるとは限らないが。
それに、いつ戦いが起こるか分からない。澄元陣営では巻き返しを狙っているはずだ。
「殿。上洛されますか?」
大評定の場。俺の真ん前に座る信泰が、目を爛々とさせて聞いてきた。
第一軍団から第七軍団まで、全軍団長と副軍団長が揃っている。全軍団長が揃うのは久しぶりだ。
評定衆も一人を除いて勢揃い。唯一出席していないのは、外交方の長である叔父の松尾信賢のみ。叔父信賢は公家対策として、どうしても稲葉山城から動かせない。
「上洛はせぬ。管領はあくまでも前管領との闘いに勝ったにすぎず、将軍家との確執はそのままだ。管領家と将軍家の確執、どれだけ我慢できるか高みの見物をしようではないか」
「殿もお人が悪い」
「信泰。俺は善人のつもりだぞ。俺は手を差し伸べたが、その手を払いのけた者たちがいる。悪人は、そういう奴らだと思うがな」
「なるほど、物は言いようですな。ははは」
歯に衣着せぬ物言いは、信泰か信方でなければできないだろう。他の者ではどうしても遠慮が出る。俺の最初の家臣だからだけではないはずだ。
「上洛のことは、奥州と羽州を平らげてから考える。さらに、国力を増強する」
「国力、でありますか?」
「そうだ、虎盛」
小畠虎盛。信泰同様、古くから俺に仕えている側近の一人。今は兵糧方の長だ。
「武蔵、上総、下総。さらに尾張と美濃、他に越後、と越中。これらの国の平野にある平地を開拓しまくる。武蔵だけで三〇〇万石に引き上げるぞ」
場がざわつく。そりゃそうだ。一国で三〇〇万石なんてあり得ないと思うのが、この時代の普通。だが、武蔵であればそれくらいできる。今のうちに区画整備して米の生産を最優先させれば、問題ない。
「信種。今言った国の平野部に、開拓方の総力を注ぎ込め」
青木信種。虎盛同様に俺の側近。開拓方を任せている古株だ。信種のおかげで、武田領内の開拓・開墾はかなり進んだ。だが、まだ足りない。もっと石高を増やしたい。幸いなことに関東平野の大部分は、この武田の支配下だ。濃尾平野、越後平野、富山平野に至っては、完全に支配下にある。
「さすがに人員が不足します。どの地を優先させましょうか?」
「武蔵だ。武蔵の開墾・開拓は最優先させよ」
「直ちに計画の立案をいたします」
「それでいい」
頷いた俺は、長野憲業に視線を移した。憲業は普請方の長である。
「憲業。現在、近江と尾張に城を築いているが、ここに利根川の流れを変える工事を追加する。利根川の洪水を防ぐためのものだ」
江戸時代の初期に行われた利根川東遷事業を行うつもりだ。いくら米が多く穫れるようになっても、洪水で流されては意味がない。
「先程の青木殿ではありませぬが、さすがに人員が不足いたします」
「城は近江を優先させよ。だが、利根川の治水は平行して行うのだ。尾張の城はそこまで急がぬ」
「承知しました」
俺が何を考えているか。皆には分からないだろうな。
簡単なことだ。武田の支配を盤石にするための布石。この時代の米の生産高は国力に直結する。食うことに飢えている民が多いのが、この時代である。だから米を腹いっぱい食わせてやることで、武田は民から支持を得られる。
俺が最初に上洛してから、一六年。武田の民は鱈腹食えることで文句を言わず、武田の支配を受け入れている。これからもそれは変わらないだろう。
今回の蘆名討伐で、かなりの抵抗を受けた。民が蘆名の支配を受け入れていたせいだ。だったらこれからは、民を武田の味方にしようと思った。
奥州と羽州には間に合わないが、いずれ武田が畿内から西国に侵攻する時に民の胃袋を掴んでいれば、武力だけではない侵略できるのではないかと思ったのだ。そのためには、莫大な米が必要だ。その米を各平野で生産させる。
「これが長期戦略だ」
大評定の場で、俺は長期的な戦略目標を発表した。
――――――――――――
※最上義定の没年が一五二〇年の説……この物語では、まだ生きています。伊達との関係は義定が生きていることで、良好のまま。
武田信虎を読んでくださり、ありがとうございます。
評価があると、もっとやる気が出ます。
評価の仕方は簡単です。下にある【☆☆☆☆☆】→【★★★★★】するだけです。
★の数は読者さん次第。でも、いっぱいつけてくれたら嬉しいですね。
誤記は誤記報告からお願いします。
次話は8/16に更新予定です。




