063 上総攻め
大永四年四月一八日。(一五二〇年)
磐城に侵攻した第四軍団の海野棟綱が、白川を降伏させたと報告を受けた。二階堂や田村、そして頼りにしていた蘆名は白川に援軍を出していない。この三家は伊達と相馬が俺に降ったことを知っていて、その二家と武田が戦の仕度をしていると情報を得ているために、援軍を出すどころではないのだろう。
また、稲葉山城の叔父信賢のところに多くの公家が逃げ込んでいる。公家たちが不自由なく暮らせるように、手厚く保護するように叔父信賢に命じている。親武田でなくても保護させている。そういった地道な努力は、将来、実を結ぶと思ってのことだ。
俺は軍勢を率いて上総に侵攻した。上総と言っても全てが真里谷の支配下ではない。俺が入った山室城は山室常隆の居城で、客将である井田胤俊の進言によって、俺に臣従することを常隆は決心した。
「ご尊顔を拝し、恐悦至極に存じあげまする」
常隆はまだ若い武将だ。俺と大して変わらないだろう。俺から見れば小柄な常隆だが、この時代の武将としては一般的な体型だ。
「常隆。領地は安堵する。忠勤に励めよ」
「はっ! ありがとございまする」
その後ろに座るのが、常隆を説得した胤俊だ。
「胤俊。我が武田は働きにしっかりと報いる。胤俊の手腕に期待するぞ」
「はっ、ありがたき、お言葉!」
胤俊は三〇過ぎのなんとも冴えない顔の人物だ。前世の俺はこの胤俊のことを知らない。マイナー武将だと思うが、俺が知らないだけで大物かもしれない。
「山室城を起点に、上総を平らげる。両名の働きに期待するぞ」
「「ははぁっ」」
戦と言うのは、準備段階で勝敗が決まっている。『孫子曰く、凡そ用兵の法は、国を全うするを上と為し、国を破るは之に次ぐ』
この孫子の言葉の意味は、『戦争において敵国を傷つけずに攻略するのが上策であり、敵国を撃ち破って勝つのは次善の策である』つまり、侵攻する前に調略したり、相手に戦う意思を起こさせないくらいの大軍勢で攻めて、戦わずに勝てと言っている。
今回、俺はそのどちらもしている。真里谷家の家臣のほとんどは俺に臣従することを誓っている。その上で、大軍勢を持って真里谷城を包囲するつもりだ。
さて進軍だと思ったところで、俺の下にある報告が上げられた。
「肝付が島津を降ろしただと?」
俄かには信じがたい報告だった。
俺は百地丹波守を見据えて、「真か?」とだけ聞いた。
今の時代の島津は当主がコロコロ変わって安定していない。それも、長く続く内乱が原因なのかもしれないが、不安定なのは間違いない。それでも肝付は島津に半臣従していたはずだ。だから、肝付があの島津を下したというのは、さすがに信じられなかった。
「肝付兼興殿の子、肝付兼続殿が初陣を飾り。初戦で大勝。その勢いのまま薩摩を蹂躙されましてございます」
「大隅と薩摩を統一したのだな?」
「ほぼ統一してございます。今回の件で島津殿は薩摩より駆逐されましてございますれば、薩摩と大隅で抵抗する勢力は大したものではございません」
知らぬうちに面白い奴が出てきたと思っていいのか?
「兼続殿は御年一〇歳にございます」
「……一〇歳だと」
肝付兼続という名はかすかに覚えている。活躍するのはもう少し後の時代のはずだ。
たしか、大隅を再統一した人物だが、そこまで強いと思ってはいなかった。いや、大隅を再統一したのだから、強いのだろう。だが、それまでの人物のはずだ。その人物がたった一〇歳で島津を潰した? なんの冗談だと思った。
前世の知識がそろそろ使い物にならなくなってきたか? これからは、前世の知識は予備知識ていどだと思い、重要視しないでおこう。
しかし、一〇歳であの島津を討ったか。これは偶然か? それとも俺のような転生者か? 転生者という線は消せない。なぜなら、俺がいい例だからだ。
俺がこの時代に逆行転生した以上、他にも同じような逆行転生をした人物がいたとしても不思議ではない。だが、明らかに異質な存在だ。そんなたくさんの逆行転生があるのだろうか?
息を細く長く吐く。逆行転生の可能性はある。だが、可能性は低いはず。で、あるなら、バタフライ効果か。俺という歴史を変えた者がここにいる。だから、他の人物に間接的に影響を及ぼしてしまった。そう考えるほうが、まだ理屈だな。
「頼昌。どう考える」
軍略方、真田頼昌。武田の頭脳。
「薩摩と大隈は、琉球貿易における重要な国にございます。貿易に悪影響がないか、見極める必要がございます」
「その通りだな。丹波、肝付の動向は逐一報告してくれ」
「承知いたしました」
関東と九州。この時代では遠い国の話だ。だが、琉球貿易を行っている武田にとって、重要な港が九州にはある。特に現代で鹿児島県と言われる薩摩と大隅は重要な土地だ。
「肝付に関しては、今は静観するしかない。琉球貿易を邪魔するのであれば、何かしらの対応を考える」
「左様ですな」
頼昌の返事を聞き、今度は西村正利に視線を向けた。この正利は史実では、斎藤道三になる男だ。最初は重用する気はなかったが、話してみると面白い考えをしている奴だった。
油売りから美濃一国の主になったのだ、普通の考え方ではないのは分かる。俺は面白いと思い、正利を戦略方の末席に加えた。
「正利」
「はっ」
「真里谷をどう攻めるか」
俺の質問が意外だったのか、正利はやや迷ったようだ。島津か肝付の話を振られるかと思っていたか? 残念だったな。
そんな正利だが、すぐに俺の目を真っすぐ見返してきた。
「されば、二万の兵によって、真里谷城を包囲。その後、兵糧攻めがよろしいかと存じます」
「真里谷城は山城。包囲するのは、簡単ではないだろ」
「某は可能だと考えております」
正利は地図の上に駒を置いてく。
ふむ、さすがだな。隙がない。さすがは蝮の道三である。
「氏綱、どうか?」
伊勢氏綱、武田の良心。
最近、頼昌が奇襲機略、氏綱が正攻法の担当になりつつある。氏綱は堅実な作戦立案、軍の運用管理が行える優秀な軍師兼補佐官のような存在だ。
今回の正利の作戦はどちらかと言うと、正攻法。大軍で包囲して敵の疲弊を待つ。武田の財力と生産力があれば、問題なくできる作戦だ。
「内応している者に、籠城時の兵糧を処分させましょう。さすれば、すぐにでも決着はつきましょう」
「正利、どうか?」
「伊勢様の補足はよい案と存じます」
「頼昌はどうか?」
「特にありません」
「では、その作戦を実行する。正利は内応者に兵糧を処分させるように、手配するのだ」
「承知いたしました」
「信方。兵二万をもって、真里谷城を包囲せよ」
「承知仕った」
内応者は正利、軍の指揮は板垣信方に任せる。
「十郎兵衛」
「はい」
横田高松。俺が初めて上洛した時に手に入れた男。弓の名手で、自由奔放な性格。そして天邪鬼。
「十郎兵衛は兵三〇〇〇を率いて、椎津城に向かい、真里谷信清を攻めよ」
真里谷信清は真里谷武田の当主信勝の弟。信勝とは不仲だが、俺の調略に乗ってこなかった。俺としても同族を滅ぼすのは不本意ではあるが、ここに至っても俺に勝てると思っている真里谷兄弟に、なんの価値も認めない。
「久しぶりに、戦えそうですな」
「真里谷は好きにしろ。だが、降伏した兵やそこに住む者たちには配慮しろ」
「承知」
最近、戦いと言えるような戦いを経験していなかった十郎兵衛は、フラストレーションが溜まっている。それを解消させてやろう。
「信貞」
「はっ」
五歳年下の弟の信貞。昨年元服させて三浦義意の妹を娶っている。今回が初陣だ。
「土気城の酒井定隆を攻めよ」
「はっ!」
初陣なのでかなり気負っている。俺も初陣はあんな感じだったのだろうか?
「義意は信貞を補佐せよ」
「承知仕って候」
義理の弟になる信貞が力を示せば、いずれは城持ち、国持ち大名になる。俺は力のある者を重用するし、何よりも身内に甘い。俺だって、自分が身内に甘いことは自覚しているぞ。
俺はこの山室城で後詰をする。
勝って当たり前の戦は、皆に任せておけばいい。俺が出て行って、皆の戦功を奪っては恨まれてしまうからな。
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