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050 尾張、美濃そして長島

 


 大永二年一二月一三日。


 俺は今、戦列艦に乗って志摩の九鬼城にやってきた。


「九鬼殿、面を上げられよ」


 九鬼泰隆が俺に頭を下げて迎えてくれたので、上座に座って声をかけた。


「はっ」


 相変わらず太い腕をしている。


「もう、一三年、いや一四年になるか?」

「はっ、その節は大変なご無礼をいたしました。どうかご容赦くださりませ」

「いや、あの時はただの小童だったのだ、気にしないでくれ」


 以前から九鬼に武田へこいと誘っていた。なかなかいい返事をもらえなかったが、戦列艦で松坂を灰燼に帰してやったのを見て、家臣になりたいと言ってきたのだ。

 ある意味、俺の力にビビっての降伏だが、理由はどうでもいいからきてほしかった。海軍というのはなかなか特殊で信泰のように船に弱い者は訓練どころの話ではないから、海軍を増強するには今ある海賊たちを召し抱えるのが一番なんだ。


「伊勢湾の制海権は武田が抑える。九鬼にも働いてもらう、頼んだぞ」

「光栄の至りに存じ上げます」


 現在、信泰が尾張国と伊勢国の桑名郡に陣取って長島を包囲している。そして海上では土屋豊前守の水軍が封鎖している。

 一向宗は三万くらいいるらしいが、信泰に無理に攻めず包囲して補給させるなと命じた。兵糧攻めだ。

 数が多いということはそれだけ食料が減るのが早く、下手にあいつらの数を減らすと兵糧の減りが遅くなるのでできるだけ戦いはしないように命じている。

 奴らに簡単な死を与えるなんてもったいない。苦しんで苦しんでこの世で地獄を味わって死んでいってほしい。


「今年の刈り入れ前に攻め込んで田畑を滅茶苦茶にしてやりましたからな、今頃兵糧がなくて青ざめている頃でしょう」


 尾張を得て信泰たちは休む間もなく、長島と桑名に攻め入った。

 その際に長島の田畑に炸裂雷筒をばら撒いてやったので、今年の収穫はできなかった。もっとも、長島の石高なんてたかが知れているので、刈り入れができていても三万の兵を長く養うことはできないだろう。


 あと、俺の忠告を無視した伊勢の松坂、大湊、山田、宇治、桑名の各湊だが、松坂を戦列艦の大筒でことごとく破壊してやった。

 これらの湊は治外法権というか、高度な自治を認められているため、これまで銭と物資の力で好き勝手やってきた。その一つである松坂を灰燼に帰してやったら大湊、山田、宇治、桑名が俺に従うと言ってきた。

 だけど、俺は「最初に忠告してやったのだから、無視したお前たちをなぜ許さねばならぬ」と言ってやったら青ざめていた。思わず笑いそうになるのを堪えるので必死だったぞ。

 それで後日、奴らは矢銭二万貫文を持ってきた。それでも俺は足りないと、桑名で俺になびかない国人たちに物資を供給するのも止めさせた。おかげで桑名を得るのはかなり楽ができた。


 戦列艦に乗って沖から長島を見る。

 長島は木曽三川(きそさんせん)と言われる木曽川、長良川、揖斐川が伊勢湾に流れ込む河口が自然の堀となって長島を守っている。

 木曽や美濃などの内陸から木曽三川を下って物資を運んでくるときに、この長島を必ず通ることになるので一向宗でなくても経済的に長島を抑えておきたいと思うだろう。


 先ほども言ったが、長島は木曽三川が自然の堀になっているので、あの信長でも攻めるのにかなり苦労をして多くの犠牲者を出している。

 だが、俺の戦列艦に積んである大筒の射程内だ。

 この長島を想定して大筒の射程を長くしろと信方に命じていたので、確実に届く大筒が戦列艦に搭載されている。しかも一門や二門ではなく数十という大筒が搭載されているのだ。


一向宗(あいつら)に温い死を与えるつもりはない。徹底的に兵糧攻めをする」


 大筒の玉に当たって死ぬなんて生ぬるい。俺の一向宗嫌いも人に死を強要するから嫌いだったのが、それにプラスされて知多郡での略奪が入って心底嫌いになった。大嫌いが、大大だーい嫌いになっただけなんだが。


「九鬼を信泰の下に配属し、土屋と共に長島の海上封鎖をさせよ」


 九鬼海賊は俺の下に降っただけで、今はなんの功績もない。だから、長島の海上封鎖で功績を立ててくれ。


 ▽▽▽


 大永三年一月五日。


 殿に新年の挨拶をするために、尾張の清洲城を訪れた。

 殿は今、尾張にいて長島の一向宗門徒を締め上げている。

 出家していた某を呼び出した殿は、二年前に還俗させて金山奉行をお命じになられた。

 それ以来、武田の広大な領地の中をあっちの金山、こっちの金山と渡り歩いていたので奉行職なのに、殿とは数カ月に一回ていどしかお会いできていない。

 こんな片手のない某を金山奉行にしていただいたのだ、殿にご恩を返すまで死んでも死に切れぬ。


「これは油川信貞殿ではないですか、お久しぶりです」


 名を呼ばれたので振り返ると、昔馴染みの大井信常殿が立っていた。

 我が父油川信恵がまだ隠居する以前、伯父であり前武田家当主の武田信縄様に反抗していた頃からの知り合いだ。


「これは大井殿、お久しぶりにござる」


 殿が家督を継がれる前、まだ殿が十歳にもなっていない頃に攻められて大井殿は降伏したが、思えばあの頃から殿の英名さは評判であった。


「金山奉行として忙しくしておいでのようですな」

「はい、身に余るお役目を任せていただいております」

「羨ましいものだ。某も信貞殿にあやかりたいものです」


 そう言えば、大井殿は殿の旗本衆であったな。

 ん……。旗本衆が殿へ新年の挨拶をするは明日のはずだが、なぜ登城しているのだ?


「某はこの身体ゆえ、大したことはござらん」


 失った右腕をポンポンと軽く叩く。


「某などより、大井殿のほうが殿のためにしっかりとお働きになっているでしょう」

「それはどうであろうか? 今井殿も大役を仰せつかっておいでなのに、某は未だ……」


 同じように幼き頃の殿に負けて降伏した今井殿は、我が弟で今では越中武田家を立派に率いている信守が軍団長を務めている第五軍団の副団長を務めている。

 大きく差が開いた形になっているので、大井殿も内心は忸怩たる思いなんだろう。

 空気が重くなってしまった。話を変えよう……。


「そう言えば、本日はどうして登城を?」

「それが、殿より本日の新年の祝賀会に出席するようにと、ご命令を受けましてな」

「おお、それは大井殿に大役をお任せになられるのではないか!?」

「そ、そうであろうか?」


 大井殿もまんざらではないようだ。

 なんだ、気を遣って損をしたな。


 二人で大広間へ赴くと重臣や一門の方々の顔があった。

 某もそうだが、大井殿も本来は一門衆である。だが、我ら二人は謀反人でもある。


「「兄上」」


 某の顔を見つけた信守と信連が近づいてきた。


「二人とも久しいな」

「はい、お久しぶりにございます」

「兄上もご健勝のようで、何よりです」


 大井殿は一番末席に座られ、某は二人の弟と語り合う。


「金山奉行のほうはどうですか?」

「某には過ぎたるお役目である。殿のご期待に添えるように日々研鑽、日々努力だ」


 弟たちと語りあう時間は、この後にあるだろう。

 某は話を早々に切り上げて、上司である秋山信任殿の元に向かった。

 金山の管轄は財務方なので、財務方を預かっておられる秋山殿が某の直属の上司になるのだ。


「秋山殿、お久しぶりにござる」

「油川殿、久しぶりにござる」


 秋山信任殿は某と同じ年であるが、その貫禄はさすがと言わざるを得ない。

 殿のご信任が厚いという自負もあると思うが、秋山信任殿の才がなすものであろう。

 秋山信任殿と最近の金山についていくつか言葉を交わすと、殿が広間に入ってこられたので、家臣一同、殿へ頭を下げてお迎えする。


「皆の者、面を上げよ」


 相変わらず威風堂々とされておられる。腕など丸太かと思うほど太い。


「皆も知っているように、昨年はこの尾張と美濃を併呑した。今は長島に一向宗を封じ込めているが、それも温かくなる頃には片がつくであろう」


 日の出の勢いというのは、武田のことを言うのであろうな。

 殿は今年で二二歳におなりだが、元々は甲斐一国でさえ従えていなかったのだ。誰が今の武田の勢いを予見できたであろうか。


「そののちは上洛である!」


 広間がざわつく。誰もが待っていた言葉なのだから無理もない。

 殿は騒然となった広間の中を見渡し、脇息に置いておられた太い腕を上げる。すると、広間の中が水を打ったような静けさに支配される。


「皆、兵馬を養え! いつでも上洛できるように備えるのだ」

「「「ははーーーっ!」」」


 広間にいる全ての者が殿に頭を下げ、殿のお声で上げる。


「大井信常はいるか」

「はっ、ここに」


 殿が大井殿を呼ばれると、大井殿が末席より返事をした。


「大井は本日より一門衆へ復帰させる」

「あ、ありがたきお言葉! 大井信常、殿のご恩に報いるために誠心誠意働かせていただきます!」


 これで大井家も謀反人の家という呪縛から解き放たれるであろう。めでたいことだ。


「うむ。よく言った! そなたに、新設する第七軍団の副団長を申しつける」

「ありがたき幸せ!」


 大出世ではないか。よかったの、大井殿。


「殿、第七軍団の軍団長はどなたでござろうか」


 板垣信泰殿がいないと、甘利殿が殿へ声をかける役回りをされる。

 しかし、甘利殿が殿にお聞きになったように、副団長を決めて軍団長を決めぬのはあり得ない。


「知りたいか?」


 殿はいたずらっ子のような目をされる。

 いったい誰が軍団長になられるのか。


「もちろんにございます」

「金丸筑前守。そのほうだ」


 金丸筑前守殿は、これまで第一軍団の副軍団長を務めあげてきた人物だ。それを昇進させて新設する軍団長にというわけか。


「は、ありがたき幸せに存じ上げ奉ります」


 金丸筑前守殿は甲斐の譜代家臣だ。

 殿は譜代とか外様などは気にされないご気性だが、やはり家臣の中にはそういったことは根強くある。だから、金丸筑前守殿の後任はどなたになるのか、皆の興味も尽きないであろう。


「筑前守の後任は、三浦義意みうらよしおきだ」


 三浦義意殿か!? 三浦殿は相模に領地を持つ家臣だが、たしか家督を継がれて数年であったな。某とほとんど同じ年であったはず。

 むふ、どうやら殿は若い人材を育てようとされておいでのようだ。

 大井殿も三浦殿も殿とさほど違わぬ年代。ゆえに殿は、叔父の武田縄信殿や筑前守殿のような年長者で実績がある方々の下で勉強させるおつもりか。


「他に、空席だった第四軍団の副団長に北条高定。第六軍団の副団長に松平親善を当てる。以上だが、何か質問はあるか?」


 北条殿はまだ二十代、松平殿も三十代と若い。

 時代が動くということなのか……。


 

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ここでしばらくお休みをいただきます。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 一向宗の悪魔化に歯止めがかからないのが気になります。 浄土真宗は出家のない宗派で、プロテスタントに似ているところがあります。 為政者から見ると、今でいうと、タリバンみたいな厄介さだった…
[良い点]  全体的に面白いです。 [気になる点]  機内は複雑怪奇なので、どうなることやら。 [一言]  年代がややこしい。  年号と一緒に西暦の方も記した方が時代背景を想像し易くなるかと。
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